新車心象風景:ダイハツ・ミライース

Photoミラ イースって何だっけ?という話なんである。

そもそもは、2009年の東京ショーに出品されたコンセプトカーの「e:S」が、なぜかその原形を留めないカタチでデビューしたあたりからズレが始まった気がする。

乾いた雑巾を絞るような効率化と簡素化を推し進めるコンセプトながら、意外なほどオーソドックスなスタイルで登場した初代は、たしかに安くて燃費がいいけれど、サイズを含め特別感がまったくない不思議なクルマになったんである。

で、新型は基本、その初代のブラッシュアップ版だ。妙に評判のいいスタイルは、なるほどエッジを利かせたシャープなものだけど、基本形は初代そのもの。パネルの質感云々よりも、まずなぜこのカタチなのか、なぜこのサイズが疑問だ。

さらに、あまりに簡素過ぎるという先代ユーザーの声に応え、コストぎりぎりで頑張ったインテリアが逆に「貧相な豪華さ」を招き、あれ、ミラ イースってこういうのだっけ?の思いを加速させいる。

一方、変わらなかった燃費値については、不毛な燃費競争から下りた、実を取ったなどこれまた絶賛状況だけど、そういう諸々を勘案すれば「だったらミラでいいんじゃないの?」と思えてくるんである。

もちろん、そうなればダイハツ自慢のイーステクノロジーって何だっけ? 第3のエコカーって? ともなるわけで、初代からのズレがここでますます広がっていく感じだ。

あちこち欠点・弱点潰しをやっているうちに、そもそもの商品テーマがぼんやりするのはよくある話。しかも、ミラ イースは初代からぼんやりしていたから尚更なんである。

発表会では、いかにエンジニアが工夫を重ね、デザイナーはいかに細部にまでこだわったのかが語られていた。それは本当なんだろうけど、しかし、そういうことじゃないことに、もうそろそろ気付くべきなんじゃないかと思うんである。

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新車心象風景:トヨタ・C-HR

Photo_2いつまでこういう感じなのかなあ、と思うんである。

B5判雑誌では、クルマ好きプロデューサーのテリー伊藤氏が大絶賛だ。こんな素晴らしいクルマを作ってしまったら、他のメーカーは青ざめるしかないとまで言い切るほどに。

もちろん、メディア自身も絶賛。章男社長の「もっといい、ワオ!なクルマを」を代弁するかのように、あの退屈なトヨタがここまで変わった!という方向の話だ。いや、実際に販売も好調らしいし。

で、僕自身はまったくピンと来ない。カッコいいか悪いかというより、もっと根本的なところからダメな感じだ。

いまやすっかり定着したコンパクトSUV、もっと言えば個性的SUVブームの火付け役は、たぶん日産のジュークだろう。相当にぶっ飛んだ格好のニューカマーは、欧州で大ブレイクしたのに続き、意外に日本市場でもウケた。

次いでホンダが投入したヴェゼルは、ジュークほどではないにしろ、ボディに特徴的なラインを走らせた個性派ボディで、周到に用意したハイブリッド版とともに、これまたヒットとなっている。

そうしてトヨタの出番だ。少なくともタイミング的には、例によって今回も後出しジャンケン。美味しい市場ができたし、さあそろそろ一丁乗り出そうかと。しかも、ここは個性派SUV市場。とにかく目立ってナンボだ、と。

C-HRは、その「目立とう精神」そのものの勢いで作った感じが如実に表れていて、どうもそこがいけない。つまり、従来にはない新しいクルマの造形を生み出すというよりは、表面上の注目度に主眼を置いた発想ということだ。

もっと言えば、ボディにどれだけ目立つ盛り付けができるのかに注力した感じ。セクシーダイアモンドを語るドア面も、やたらにエグったホイールアーチ周りも、流行のピラー内ドアハンドルも、そしてDピラーを抜いたグラフィックも。

たしかに、全体として破綻は感じられないけれど、それは、逆に言うとシルエット自体は何の変哲もないSUVルックであることの証で、クルマのデザイン文法そのものをひっくり返したジュークとは比べるべくもないんである。

だから、これをカッコいいと思うユーザーがいるのはいいとしても、プロである評論家やメディアが絶賛するのはいかがなものかと思うし、ましてやこれでトヨタが変わったなどとは片腹痛い。僕に言わせれば、もう何年も前の初代RAV4の方が、よほどコンパクトSUVとしての先進性を感じる。

カローラやカムリ、SAIなど、売れない車種に対する強引な整形は、まあ緊急避難的に割り切った仕事なんだと僕は思っていた。けれども、こうしてニューカマーまでもが似たような「勢い」で登場すると、これはちょっと、と思うわけだ。

「C-HR、カッチョいいー」という次元での話がメディアで展開されるような状況は、一体いつになったら終わるんだろう。

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新車心象風景:マツダ・CX-5

Photoいまのマツダを語るのは、ちょっと難しいと思う。

スカイアクティブと魂動という印象的なコンセプトを前面に出し、全車種を統一させたイメージでまとめる。エンジンをはじめとした機能類は、やはり全車でアップデートを欠かさず、常に仕様変更で対応する。

統一したスタイリングはブレがなく、こちらも常に進化を絶やさことなく魂動そのものを成長させる。同時に、インテリアもまた全車同方向の考え方でまとめ、群を抜く質感をも与える。

つまり、商品作りの姿勢が真摯で、ブレも迷いもなく、自らの信じた方針を貫いている。そして、肝心なのは、それら一連のクルマ作りが世界で評価されているという事実なんである。

そうして2周目に入った新しいCXー5が、若さから大人にコンセプトを進め、目に見えるクオリティアップに力を注いだことに、日本メーカーとして敬意を表さないわけには行かない。

じゃあ、何が難しいのかといえば、実はその魂動の中身自体なのかもしれない。

それ以前のプロミネンス・フェンダーを部分的に引き継ぎ、パワーを溜めたフロントフェンダーからリアに向けてラインを引く。リアは、これも後輪に重心をのせるべく後ろからラインが引かれる。この基本的な造形の話だ。

僕は、たとえば新しいCXー5を美しいと思うし、商品としての価値や魅力も感じている。けれども、このデザインに全面的に賛成かと言えば、実はそうでもないんである。

いや、もちろん僕個人の好き嫌いの話じゃなく、この基本造形は実のところ結構に個性的だという話だ。あるいは、クセが強いと言ってもいいかもしれない。

新型のデザイナー氏は今回、「引き算のデザイン」としてよりシンプルな造形を目指したと言うけれど、マツダという中規模メーカーが全車でスタイルを統一しようとするとき、そもそもより普遍性を感じる基本形を持っていることが望ましかったと僕は思っている。

たとえば、現行アテンザには躍動感があっていいなと思いつつ、質感云々を別にすれば、初代の清々しさの方に可能性を感じるといった具合に。

だから、仮に新世代商品群のスタートを切る先代はそれなりに特徴を持たせる必要があったとしても、2代目以降は必ずしも同じ文法でなくてよかったのでは?と思ったりする。

新しいCXー5が、より整理されたラインと面を持っているのが分かってはいるけれど、しかしそもそもの造形テーマとしてどうだったのかなと。

いまのマツダを語るのが難しいというのは、まあそういうことなんである。いや、まったくもって贅沢な注文ということは重々分かってはいるけれど。

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新車心象風景:スズキ・ワゴンR

Photoちょっと、中途半端だったのかもしれない。

乗用車的にスッキリまとめた先々代が好評で、先代はその延長路線だったそう。わずかにウエッジさせたボディはたしかに嫌みがなく、スポーティさも感じられるものだった。

けれども、同じ路線が2代も続けば変化を求められるのは常で、名前のとおり「よりワゴンらしく」といった原点回帰な発想が出てくるのも順当だ。今回は、だからその回帰の具合が中途半端だったかと。

何しろ、ボディの前半分をパーソナルな乗用車風に、後半分を実用ワゴン風にとしたコンセプトがまさに中途半端。もちろん、「ワゴン」をハイエースなど商用車風、あるいはミニバン的な見せ方と解釈したのは理解できるけれど、いかんせん小さなボディの中では消化不足だった。

そもそもワゴンRの魅力は、上方向にサイズを求めた実用性だけでなく、そこに機能性を打ち出した、まったく新しい道具感溢れるスタイルが新鮮だったんである。それは決して単に商用っぽいだけの表現じゃなくて。

スズキには、直近で現行アルトという絶好の見本があるんだから、原点回帰というならもっと徹底するべきだったと思う。シンプルな四角形で顔をまとめた標準車でさえ、上屋が重く、のぼーっとしたボディで台無しだ。

さらに、ふつう、ちょっとスポーティ、すごくスポーティという3パターン展開も「どっちつかず」の半端な発想のひとつだろう。もちろん、ノーマルとカスタムという展開自体があまりに安易だし。

個人的には、もっと機能的でシンプルなボディがあれば、あとはRS仕様くらいあれば十分だと思うけれど、どうしても別バージョンが欲しいなら、より道具感を強めたクロスタイプなど、ヤンキー方向以外の提案を期待したい。

同じくインテリアも中途半端だ。傘が入るのがウリなどと言うのなら、全体的にもっと機能を打ち出した見せ方もあったと思う。

最近のスズキは、新プラットホームの評判の一方、商品企画としてどうも安定感が足りない。ハスラーやアルト、イグニスなどの良品がある一方で、バレーノや新しいスイフト、ワゴンRのような半端な商品がしれっと出てくる。

何でもアリの面白メーカーであっても、一定の基準を確保できるような「まとめ役」を立てるべきなんじゃないか。ワゴンRの散らかりぶりは、そんなことまでも感じさせるんである。

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新車心象風景:スズキ・スイフト

Photo何でこうなっちゃったんだろう、と思う。

雑誌でスクープイラストを見て、いやまさかこういうことにはならないだろうと思いつつ、しかし最近のスクープ画像の正確さにイヤな予感はしていたんである。

だから実車を発表会で目にしたときは、軽いため息が出てしまった。

3代目をデザインするにあたっては、やっぱり営業サイドからの「次は変えてほしい」という要望が大きかったらしい。初代の成功によってほぼカタチを変えなかった2代目は、末期になってそろそろ息切れ状態となったのは当然とも言える。

僕自身は、前2世代のカタチを変えても変えなくてもどっちでもいいと思っていた。当然、変えること自体が問題じゃないからだ。変えても変えなくても、要はその内容の問題で、そこに明快な意図と主張があるか否かが肝要だと。

で、3代目のスタイルは、つまりその明快な意図と主張が足りなかった。

たとえば、逆台形から緩い6角形にメージを変えたフロントグリルは、それ自体が初期スケッチからキースタイルとして一貫していたものじゃなく、開発途中に候補案から「これがいいかも」とピックアップされたものらしい。だから、このボディにはこのグリルが必須だという造形上の理由が見えて来ない。

張り出した前後フェンダーも、これがボディ全体の造形を反映しているわけじゃなく「ちょっと情緒的な味付けにしよう」という感じだ。実際、どのくらい張り出させて、そこにどんなラインを引くかは、モデルを作りながら試行錯誤されたもので、当初から明らかなイメージがあったわけじゃない。

逆に、前2世代のイメージそのままのキャビンは、これが必須だったということじゃなく、スズキの基幹車種として従来の雰囲気も残したいという要望から残ったらしい。だから、新たに曲面で構成したボディとのマッチングがよろしくなく、角度によっては柔らかいボディに硬いキャビンがめり込んでいるように見える。

赤や青はともかく、イグニスから流用した中間色のゴールドやネオンブルーでは、ボディがドヨンとして何ともつかみどころがない。それは、ロジカルであれ情緒的であれ、ボディに自身を貫く「芯」のようなものがない証拠だと僕は思う。

前2世代の、ロジカルで整合性を強く感じるデザインをやめようというのであれば、それはそれでいいと思う。欧州戦略車として、たとえばルノーのように情感を前面に出し、体温を感じるような造形でまとめるのもアリだ。繰り返すけど、肝心なのはその意図をどう造形に落とすかが明快であるか否かなんである。

けれども、新しいスイフトにはそれが決定的に欠けている。好評だった前型までのイメージを残しつつ、何となくボディを緩くしてしまったり、何となくフローティングルーフだのピラー内ドアハンドルなんて流行ものに手を出してしまったに過ぎない。そこに主義・主張は見えないし感じられない。

イグニスもあればバレーノもある。そのバラエティーの豊かさがスズキの魅力と言えば聞こえはいいけれど、せっかく獲得した大きな財産を、大した理由もなくひっくり返してしまうのは、実にもったいないことだと僕は思う。

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新車心象風景:ダイハツ・トール トヨタ・ルーミー、タンク

Photoこのクルマを肯定する理由は、いまのところ見つかっていない。

基本、後出しジャンケンで美味しいところを全部もって行く。トヨタについてのそんな表現は以前から当たり前に使われるけど、やっぱりそれは邪道だし、クルマの企画としては誉められるものじゃない。

もちろん、70~80年代の混沌とした状況ならまだあり得たかもしれないけど、いまやトヨタは年間一千万台の生産を誇る世界的企業なわけで、王者の姿勢としてはいささか情けない話でもある。

だから、スズキのソリオにガッツリぶつけるこの企画は、いくら分かりやすい話とはいえやっぱり残念だ。しかも、強力な販売力を動員して中堅メーカーから根こそぎ持って行くあたりは、単なる「対抗車」という次元とはまったく異なるわけだし。

そして、クルマ自体が醜悪なのはその上塗りなんである。もともと、ソリオもドメスティックカーとして厳ついイメージを持っていたけれど、それが上品に思えるほどの醜さは、もはや正視に耐えない。

ブーン・パッソという、これまた残念な近作のことを考えると、企画と開発を任されたダイハツは一体どういうつもりなんだと思う。発表会では、トヨタ傘下として皆が妙に生き生きしていたけれど、本当にこれが彼らの「やりたいこと」なんだろうか。

いずれも自社ブランドではほとんど売れない状況を考えると、ダイハツとしてのモチベーションは一体どこにあるんだと要らぬ心配もしたくなる。よもや、生産台数が確保できれば何でもいいやとは考えてないだろうけど。

で、そんなクルマがトヨタの思惑とおり、爆発的に売れているのがさらに残念なんである。

この国の市場は、一体いつまでこういう醜悪なクルマを好んで買い続けるんだろう。ミニバンではことごとくカスタムバージョンを選び、アルファードのような巨体はもちろん、軽に至るまでギラギラの改造車もどきが売れる。新しい三菱ekスペースみたいに冗談のようなクルマが次々出てくる。

もちろん、日本はカワイイとヤンキーで出来ていると言われてきたのは承知している。けれども、平成も30年近くが過ぎ、そろそろそういう感覚も過去のもの、ということにはならないんだろうか。一方で、オリンピックのエンブレムデザインを日本中であれこれ偉そうに語っているわけだし。

たしかに、コンパクトだけど乗れば広く、しかも安いことは大きな購入動機ではある。けれども、自慢のキーンルックを無理矢理大きな顔に張り付けた、この醜い顔を評価する理由には到底ならない。

僕らユーザーは、こういう下品な提案に対し、迷うことなく「ダメ出し」ができるような感性を持たなくてはいけないんじゃないか。多様化云々ではなく、まずはその前段階の見識として。

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新車心象風景:スバル・インプレッサ

Imp16901s売れているんだからいいじゃないか、と言われればそれまでなんだけど。

新しいプラットホームで走りの性能を磨き込んだ新型は、好調スバルの基礎固めを目的としたんじゃないかと思わせる。目新しさのないエンジンやミッションなどは、まあ追って何とかしますということで。

けれども、佇まいの第一印象は「代わり映えしないなあ」というものだった。

北米向けに大きくなったレガシィの代わりとして投入されたレヴォーグが、果たしてインプレッサのワゴンにしか見えなかったところからオヤ?と。そうなれば、インプレッサ派生のWRXやXVもそっくりで、何だスバルは車種がいろいろあってもみな同じじゃないかと。

もともとレヴォーグとインプレッサでは車格の違いのようなものがあったけれど、モデルチェンジで高品質化を進めたら差がなくなってしまった格好だ。じゃあ、次のレヴォーグはさらに大きく豪華に、では本末転倒だろうし。

同じ中堅メーカーでは、マツダが下からデミオ、アクセラ、アテンザと整理された構成を持っているのとは対照的だ。スバルの場合、仮にエンジニアリング的にサイズを大きく変えることができないのであれば、車型自体を整理すべきかと思う。

たとえば、レヴォーグをワゴンとするなら、インプレッサはハッチバックとセダンとし、WRXとXVを統合する。ショートワゴンであるスポーツはレヴォーグと重なるので、ゴルフと真っ向勝負できるような明快なハッチを想定する。ということでWRXとXVはやめる。

それではあまりに車種が少ないよ、ということであれば、売れ線のコンパクトミニバンを作ってはどうか。フリードやシエンタのように使いやすいボディで、スバルらしいオリジナルデザインなら、3ナンバーでも結構受け入れられるんじゃないかと。

で、それぞれに個性を与えるのがデザインの仕事なんだけど、「ダイナミック&ソリッド」を標榜した新型インプレッサが、結果「代わり映えしなった」のがツライところだ。

本当は、ボディに線を入れてソリッドなんてことじゃなく、もっと全体の構成から新しいスバルデザインを練り直すべきだったと僕は思う。車台が変わる今回はとくにいいチャンスだった筈。

だいたい、「これからはデザインに力を入れる」なんてスバルは言うけれど、たとえば4代目あたりまでのレガシィや初代のインプレッサの方が、いまよりよほど優れたデザインだったじゃないか。もちろん、軽のRシリーズもしかり。

ショーカーも、一時期のスバルのワゴンコンセプトなどは、向かうところ敵ナシの圧倒的な先進性と完成度を誇っていた。それが量産に反映されないのが残念だったところ、今度はそのまま反映させますよとなったら、コンセプトカー自体が凡庸になるという珍現象だ。

だから、「従来は嫌われないデザインに止めた」とスタッフが総括してしまう感覚が僕にはわからない。よもや、外部デザイナーが関わったクルマは消し去りたいという話なのか?いずれにしても、それら歴代車の実績や可能性についての考察があまりにも欠けている。

レヴォーグ、インプレッサ、WRX、XVを整理し、それぞれにまったく新しい個性を与える作業は、やりがいのある、実に創造的な仕事だ。それだけに、そこには確固たるプロフェッショナルな人材が必要なんだと思う。

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新車心象風景:ダイハツ・ムーヴキャンバス

Photo何かこう、チグハグな感じがするんである。

ムーヴ・キャンバスの販売は、なかなか好調みたいだ。新車の立ち上がりはたいてい販売目標を上回るものだけど、発売1ヵ月で2万台はかなりいい数字だろう。

好評の理由はいろいろだろうけど、VWタイプ2にも似たシンプルでプレーンなバス・スタイルと、それを上手く演出する2トーンのボディカラーが好印象なんだろうと想像できる。

で、ここで思うのは、マーケティングとターゲティングの話なんである。

キャンバスの発表会でたまげたのは、何と「実家で親と同居する若い女性」というターゲット。仲のいい母娘で、平日は母親が買い物に、週末は娘がドライブに出掛ける想定なんだそう。

自動車先進国で、こんなバカげた想定でクルマを作っている国はあまりないんじゃないか? 商品企画にあたってはマーケティングが必要だ、でもってターゲットを絞り込まなくちゃいけない。そんなセオリーに実直に邁進するうち、どんどん混迷して行った感じだ。

けれども、できたクルマは決して悪くないから、そこに大きなかい離を感じるわけだ。そもそも、実家にいる娘がどうしてバスになるのかが不明だし、お母さんの買い物と2トーンボディも結びつかない。妙チクリンなマーケティングと実際の商品に接点が見えてこない。

同じダイハツから今年春に発表されたブーンは、逆の意味で似たような話になっている。こっちは、コンパクトカーの復権を掲げ「軽自動車で培ったノウハウを注ぎ込む」と骨太なコンセプトだった。なんだけど、できたクルマがあのような体たらくで、やっぱり結びつかないと。

これは日産の話だけど、あのパイクカーシリーズのラシーンの開発はなかなか混迷を極めたそうで、その過程は書籍にもなっている。とにかくコンセプト出しが難航、何度試作してもピンと来ない。ところがすべてを仕切直した直後、まったく新しいスケッチが出てきてあっけなく決まった。

それがあの低いワゴンボディなんだけど、だったら最初からそのデザイナーにスケッチを描いてもらえばよかったと思うわけだ。何かこう、コンセプト出しに振り回され、クルマ作りの根本を忘れてしまった感じ。

キャンバスも「仲のいい母娘」なんて話はどうでもよくて、ぼんやりしたミラココアに代わる、息の長い魅力的なワゴンボディを作る、ということでよかったんじゃないか。同じく、ブーンは「軽自動車云々」は置いといて、とにかく美しく魅力的なコンパクトハッチを作るんだと集中すれば、あんなことにはならなかったんじゃ?

「出来のいいクルマが売れるとは限らない」のは、まあなくはない話だ。けれども、自動車メーカーとしては、第一にそれを信じて開発を続けるしかないと僕は思う。少なくとも、その思いよりマーケティングが優先されるようじゃダメだと思うんである。

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新車心象風景:日産ノート・e-POWER

16110202021200x900これはいいキッカケにはなるんだろうな、と思う。

ガソリンを入れておけばずっと走れるという点で他社HVと同条件。走行が実質EVなのは、まあドライバー自身の慣れの問題だから問題はない。いや、強力なトルクはディーゼルにも匹敵し、静粛性を考えればこっちの方が有利かも、などと思ったりもする。

従来のHVでは埋もれると思ったのか、あるいは本当に「EVの日産」を印象付けたかったのか、本当の狙いはわからないけれど、新しい技術としてのアピールが容易なのは間違いないんである。これでもって晴れてアクアやフィット、そしてデミオに正面から対抗できると。

しかしだ。同じスタートラインに立ったからこそ明確になるのが、クルマ自体の商品性なん
である。そもそも、クルマとしての魅力がどうなんだという基本の話。

そうなるといまの日産は弱い。とくにこのe-POWERの搭載を想定するコンパクトクラスは
とくにだ。ノートは今回の仕様変更であれこれ着飾っているけど、基本の安普請さは隠せないし、日産自ら「失敗した」と公言するマーチはもちろん論外。モデルチェンジに失敗したキューブは沈んだままだし、ティーダはもはや消えた。

近々ヴィッツにHVを積むというトヨタだって似たような話じゃないかと思われるかもしれない
けれど、ほとんど余力でやってる向こうとはワケが違う。まあ、それでも日産としては安さに任せてそこそこ売れてるノートだけは数が見込めるんだろうけど。

あまりに当然の話だけど、期待の新システムを生かすには地道に「ちゃんとした」商品を
揃えるしかないんである。車体はキャリーオーバーながら、普通に作り込んだセレナのようにだ。なにせパリショー出品のマイクラは日本導入が微妙だし、キューブも次があるのがわからない。加えて次期ジュークが国内商品としてマッチするのかも読めないときている。

あ、個人的には軽での展開が面白いんじゃないかと思っている。もし660ccエンジンで発電が可能なら軽規格のままでOKだし、効率もよさそう。実燃費がイマイチで、かつトルクに劣る現状に対しては大きなアドバンテージになりそうでしょう。ま、出力の自主規制は別として。

可変圧縮比エンジンなど、高い技術力をアピールする日産は、少なくとも日本市場ではそれが実際の商品の魅力と噛み合わず、てんでバラバラな感じだ。ただ、原因はグローバル展開のしわ寄せとして、世界で売る商品が日本に合わない、という話はウソだと僕は思っている。単に販売戦略と商品企画が安易なだけの話だろうと。

そのあたり軌道修正のキッカケがそろそろ欲しいんだけど、新しいe-POWERは結構いい素材なんじゃないか。日産社内にもそんな声があればいいと思うんである。

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新車心象風景:メルセデスベンツ・Eクラス

Img_avangarde_01あらためて感じるのはブレのない姿勢だ。

新型ディーゼルなど、一部グレードは未着ではあるけれど、導入早々に新型の実力は認識されたようで、立ち上がりインプレッションは各誌満点状態。CクラスがDセグのベンチマークとされたのに引き続き、Eクラスもまたアッパーミドルのベンチマークと評される。

当たり前だけど、VWのゴルフ同様、毎回「ベンチマーク」とされるのは栄誉とはいえ、そう容易なことじゃない。それができているのは、結局地道な「積み重ね」の継続なのかと、いまさらながら思うんである。

かつてのミディアムクラス以降、途中コストダウンを意識した寄り道もあったけれど、基本的には着実な成長を歩んできた。デザインの変化も含め、すべてにおいてひたすら「前型に上乗せ」の繰り返しだ。

自動車技術は日進月歩。素材の進歩も合わせ、従前の実績・経験を踏まえた確実な上乗せを続ける。それをブレずに30年、40年継続すれば、まあ相応の商品なるだろうと。概ねドイツメーカーは、そうやっていまの地位を得た。

ここで思うのは国産メーカーの姿勢。この「積み重ね」ともっとも遠い発想なのが日本車なのか、なんていう。

たとえば、今年50周年を迎えたカローラがあれほど残念なことになっているのがいい例だ。何と11代も続けているのに、エンジンもサスペンションも、ボディも、エクステリアもインテリアも、ロクな蓄積もなく、マイナーチェンジではいまさら格好を激変させるような体たらく。

モデルチェンジを、単に商品イメージを変えるだけの機会とし、主査を代え、下手をすれば前型を否定するところから始めたりする。機関類はときどきの都合で安易に調達され、コストも直近の業績でコロコロ変わる。

本来なら、新型は50年分の膨大な蓄積があって然るべきなのに、見方によっては貯金ゼロ。まあ、日本の良心と言われるクラウンでさえ、短いモデルチェンジ期間の回数分だけ貯蓄するというより、継続そのものに主眼が置かれた感じだけど。

かつて欧州イヤーカーを受賞したマーチやヴィッツが、もし着実な「積み重ね」を続ければ、ポロやアウディA1など相手にしない高CPなコンパクトカーになれただろうし、コロナやブルーバードが確実な成長を続ければ、Cクラスや3シリーズに対抗できる日本独自のミディアムセダンとなり、輸入車に占拠される昨今のセダン市場も違った状況になっていたかもしれない。

いや、ガラッと変わるモデルチェンジ自体が絶対にいけないわけじゃない。それこそが日本流のやり方として、とことん突き詰めればある種の蓄積になり得ると思う。けれども、べつにそこを意識して邁進しているわけじゃないのが残念だ。

軽自動車もまた例外じゃない。代を追って成長こそしているけれど、その進捗幅がとにかく狭い。いまやコンパクトカーと同等かそれ以上の値札を付けながら、いつまで経っても「軽にしては」の条件付き評価で、長い歴史を埋める「積み重ね」はほとんど感じられない。

安くて壊れず、機能性も高い。そんな日本車が「積み重ね」を実践したら、ある意味無敵のクルマができる。そういう機会を、大した思想もなく逃し続けるのは実にもったいない。

Eクラスの安定感は、そんな妄想をかき立てるんである。

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