新車心象風景:ホンダN-BOX、ステップワゴン

Photoそれはまあ、次元の低い話ではあるんだけど。

N-BOXヒットの要因は、トールワゴン後発組による使い勝手のよさに加え、カッチリと一種の威圧感を持つボディが、とりわけ女性に人気だったとも聞く。

ところが、新型は一転乗用車感を強く意識し、より上質な方向に若干のシフトをしたんである。威圧感とともに、初代特有の道具感まで薄まってしまったけれど、そこは豊かな面でカバーすると。

コンセプトカー「EV-STER」を手がけた担当デザイナーは、デザインはできるだけシンプルにしたい、ムダな主張はするべきでないと直球な考え。だから、新しいN-BOXでも、カスタムの表情には相当苦心したんだそう。

で、発売1ヶ月の受注は5万2千台と絶好調。もちろん、初代の流通数を考えればスタート時点での判断は危険だけど、いきなりの買い控えはなかった。仮に標準車の割合が先代と同じなら、ひとまずデザイナーの意図が伝わったといえるところだ。

4170928astepwgn_011h一方、ステップワゴンのスパーダは、初期の想いが届かなかった格好なんでる。

現行のステップワゴンは、できるだけプレーンなボディを目指したいというデザイナーの意向が反映されたもの。標準ボディはもちろん、それはカスタムにも徹底され、メッキグリルとは異なる表情にトライした。

けれども、これが不評だったらしい。というか、有名評論家までもが「ステップワゴンは小さく見えるデザインがダメ」などと書く有り様。ハイブリッドなど、エンジン選択のミスも相まって販売が伸び悩んでしまった。

これを失敗と判断したホンダは、スパーダをいまどきのギラギラ方向にシフト。ただ、それでもライバルのカスタム系に比べると、メッキの面積を最小限に止めたいというデザイナーの意志が見られ、最後まで抵抗したことが伺える。

ホンダは、かつてもエリシオンで同じ経験があるけれど、日本市場の残念なヤンキー嗜好に加え、評論家までがこれを後追い肯定する状況に、いまでも次元の低い格闘が続いているみたいだ。

「こんな下品なデザインは絶対イヤだけど、仕事だから仕方ない」なんていうデザイナーは、果たして日本以外のメーカーにもいるんだろうか?

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新車心象風景:トヨタ・カムリ

Photoいろいろな部分でズレている感じがするんである。

まず、大のオトナが妙に舞い上がった発表会の雰囲気からしておかしかった。いや、いいクルマができたという自負は歓迎するけれど、開発主査が前のめりで「がんばりました!」と声を高める姿に、冒頭いきなり引いたわけだ。

そこに「ビューティフル・モンスター」である。耳を疑ったというか、聞いているこっちが恥ずかしい具合だ。発案は代理店なのか宣伝部なのか知らないけれど、止める勇気を持った人間はいなかったのか?

さらに、アンバサダーのテリー伊藤氏と続く。そもそも80年代の元気のよさ云々の安易なコンセプトが疑問だけど、そこでテリー氏という時代錯誤な選択が、まるで凋落のフジテレビを見るようでとても残念。

トドメが「理屈抜きにカッコいいスタイル」。プロダクトデザインの花形として、徹底したコンセプト作りから始めるはずの自動車デザインに対し、作り手自身が「理屈抜き」と言い放つことが、一体どういうことか分かっているんだろうか?

発表会では、デザイン部に訪れた章男社長が候補案を見て「この中でいちばんカムリらしくないのを選べばいいんだよね?」などと発したことが誇らしげに語られる始末。え、クルマのデザインってそういう次元の話なの?

新しいカムリは、車台からすべて新設計で望める貴重な機会だったそう。けれども、ゼロから始められる状況でこそ、本来の実力やセンスが問われる。何でもできるからこそ、その仕事内容が注視される。

TNGA思想による走りの性能はともかく、勢い余ってズレまくったコンセプトや、ラインが交錯する煩雑なスタイルが、どうやらその回答らしい。この途方もない軽さは一体どこから来るんだろう?

これでもって「セダンの復権」などと構えるのは、中身のない大口を連発するどこかの政権みたいで、実に虚しいんである。

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新車心象風景:ダイハツ・ミライース

Photoミラ イースって何だっけ?という話なんである。

そもそもは、2009年の東京ショーに出品されたコンセプトカーの「e:S」が、なぜかその原形を留めないカタチでデビューしたあたりからズレが始まった気がする。

乾いた雑巾を絞るような効率化と簡素化を推し進めるコンセプトながら、意外なほどオーソドックスなスタイルで登場した初代は、たしかに安くて燃費がいいけれど、サイズを含め特別感がまったくない不思議なクルマになったんである。

で、新型は基本、その初代のブラッシュアップ版だ。妙に評判のいいスタイルは、なるほどエッジを利かせたシャープなものだけど、基本形は初代そのもの。パネルの質感云々よりも、まずなぜこのカタチなのか、なぜこのサイズが疑問だ。

さらに、あまりに簡素過ぎるという先代ユーザーの声に応え、コストぎりぎりで頑張ったインテリアが逆に「貧相な豪華さ」を招き、あれ、ミラ イースってこういうのだっけ?の思いを加速させいる。

一方、変わらなかった燃費値については、不毛な燃費競争から下りた、実を取ったなどこれまた絶賛状況だけど、そういう諸々を勘案すれば「だったらミラでいいんじゃないの?」と思えてくるんである。

もちろん、そうなればダイハツ自慢のイーステクノロジーって何だっけ? 第3のエコカーって? ともなるわけで、初代からのズレがここでますます広がっていく感じだ。

あちこち欠点・弱点潰しをやっているうちに、そもそもの商品テーマがぼんやりするのはよくある話。しかも、ミラ イースは初代からぼんやりしていたから尚更なんである。

発表会では、いかにエンジニアが工夫を重ね、デザイナーはいかに細部にまでこだわったのかが語られていた。それは本当なんだろうけど、しかし、そういうことじゃないことに、もうそろそろ気付くべきなんじゃないかと思うんである。

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新車心象風景:トヨタ・C-HR

Photo_2いつまでこういう感じなのかなあ、と思うんである。

B5判雑誌では、クルマ好きプロデューサーのテリー伊藤氏が大絶賛だ。こんな素晴らしいクルマを作ってしまったら、他のメーカーは青ざめるしかないとまで言い切るほどに。

もちろん、メディア自身も絶賛。章男社長の「もっといい、ワオ!なクルマを」を代弁するかのように、あの退屈なトヨタがここまで変わった!という方向の話だ。いや、実際に販売も好調らしいし。

で、僕自身はまったくピンと来ない。カッコいいか悪いかというより、もっと根本的なところからダメな感じだ。

いまやすっかり定着したコンパクトSUV、もっと言えば個性的SUVブームの火付け役は、たぶん日産のジュークだろう。相当にぶっ飛んだ格好のニューカマーは、欧州で大ブレイクしたのに続き、意外に日本市場でもウケた。

次いでホンダが投入したヴェゼルは、ジュークほどではないにしろ、ボディに特徴的なラインを走らせた個性派ボディで、周到に用意したハイブリッド版とともに、これまたヒットとなっている。

そうしてトヨタの出番だ。少なくともタイミング的には、例によって今回も後出しジャンケン。美味しい市場ができたし、さあそろそろ一丁乗り出そうかと。しかも、ここは個性派SUV市場。とにかく目立ってナンボだ、と。

C-HRは、その「目立とう精神」そのものの勢いで作った感じが如実に表れていて、どうもそこがいけない。つまり、従来にはない新しいクルマの造形を生み出すというよりは、表面上の注目度に主眼を置いた発想ということだ。

もっと言えば、ボディにどれだけ目立つ盛り付けができるのかに注力した感じ。セクシーダイアモンドを語るドア面も、やたらにエグったホイールアーチ周りも、流行のピラー内ドアハンドルも、そしてDピラーを抜いたグラフィックも。

たしかに、全体として破綻は感じられないけれど、それは、逆に言うとシルエット自体は何の変哲もないSUVルックであることの証で、クルマのデザイン文法そのものをひっくり返したジュークとは比べるべくもないんである。

だから、これをカッコいいと思うユーザーがいるのはいいとしても、プロである評論家やメディアが絶賛するのはいかがなものかと思うし、ましてやこれでトヨタが変わったなどとは片腹痛い。僕に言わせれば、もう何年も前の初代RAV4の方が、よほどコンパクトSUVとしての先進性を感じる。

カローラやカムリ、SAIなど、売れない車種に対する強引な整形は、まあ緊急避難的に割り切った仕事なんだと僕は思っていた。けれども、こうしてニューカマーまでもが似たような「勢い」で登場すると、これはちょっと、と思うわけだ。

「C-HR、カッチョいいー」という次元での話がメディアで展開されるような状況は、一体いつになったら終わるんだろう。

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新車心象風景:マツダ・CX-5

Photoいまのマツダを語るのは、ちょっと難しいと思う。

スカイアクティブと魂動という印象的なコンセプトを前面に出し、全車種を統一させたイメージでまとめる。エンジンをはじめとした機能類は、やはり全車でアップデートを欠かさず、常に仕様変更で対応する。

統一したスタイリングはブレがなく、こちらも常に進化を絶やさことなく魂動そのものを成長させる。同時に、インテリアもまた全車同方向の考え方でまとめ、群を抜く質感をも与える。

つまり、商品作りの姿勢が真摯で、ブレも迷いもなく、自らの信じた方針を貫いている。そして、肝心なのは、それら一連のクルマ作りが世界で評価されているという事実なんである。

そうして2周目に入った新しいCXー5が、若さから大人にコンセプトを進め、目に見えるクオリティアップに力を注いだことに、日本メーカーとして敬意を表さないわけには行かない。

じゃあ、何が難しいのかといえば、実はその魂動の中身自体なのかもしれない。

それ以前のプロミネンス・フェンダーを部分的に引き継ぎ、パワーを溜めたフロントフェンダーからリアに向けてラインを引く。リアは、これも後輪に重心をのせるべく後ろからラインが引かれる。この基本的な造形の話だ。

僕は、たとえば新しいCXー5を美しいと思うし、商品としての価値や魅力も感じている。けれども、このデザインに全面的に賛成かと言えば、実はそうでもないんである。

いや、もちろん僕個人の好き嫌いの話じゃなく、この基本造形は実のところ結構に個性的だという話だ。あるいは、クセが強いと言ってもいいかもしれない。

新型のデザイナー氏は今回、「引き算のデザイン」としてよりシンプルな造形を目指したと言うけれど、マツダという中規模メーカーが全車でスタイルを統一しようとするとき、そもそもより普遍性を感じる基本形を持っていることが望ましかったと僕は思っている。

たとえば、現行アテンザには躍動感があっていいなと思いつつ、質感云々を別にすれば、初代の清々しさの方に可能性を感じるといった具合に。

だから、仮に新世代商品群のスタートを切る先代はそれなりに特徴を持たせる必要があったとしても、2代目以降は必ずしも同じ文法でなくてよかったのでは?と思ったりする。

新しいCXー5が、より整理されたラインと面を持っているのが分かってはいるけれど、しかしそもそもの造形テーマとしてどうだったのかなと。

いまのマツダを語るのが難しいというのは、まあそういうことなんである。いや、まったくもって贅沢な注文ということは重々分かってはいるけれど。

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新車心象風景:スズキ・ワゴンR

Photoちょっと、中途半端だったのかもしれない。

乗用車的にスッキリまとめた先々代が好評で、先代はその延長路線だったそう。わずかにウエッジさせたボディはたしかに嫌みがなく、スポーティさも感じられるものだった。

けれども、同じ路線が2代も続けば変化を求められるのは常で、名前のとおり「よりワゴンらしく」といった原点回帰な発想が出てくるのも順当だ。今回は、だからその回帰の具合が中途半端だったかと。

何しろ、ボディの前半分をパーソナルな乗用車風に、後半分を実用ワゴン風にとしたコンセプトがまさに中途半端。もちろん、「ワゴン」をハイエースなど商用車風、あるいはミニバン的な見せ方と解釈したのは理解できるけれど、いかんせん小さなボディの中では消化不足だった。

そもそもワゴンRの魅力は、上方向にサイズを求めた実用性だけでなく、そこに機能性を打ち出した、まったく新しい道具感溢れるスタイルが新鮮だったんである。それは決して単に商用っぽいだけの表現じゃなくて。

スズキには、直近で現行アルトという絶好の見本があるんだから、原点回帰というならもっと徹底するべきだったと思う。シンプルな四角形で顔をまとめた標準車でさえ、上屋が重く、のぼーっとしたボディで台無しだ。

さらに、ふつう、ちょっとスポーティ、すごくスポーティという3パターン展開も「どっちつかず」の半端な発想のひとつだろう。もちろん、ノーマルとカスタムという展開自体があまりに安易だし。

個人的には、もっと機能的でシンプルなボディがあれば、あとはRS仕様くらいあれば十分だと思うけれど、どうしても別バージョンが欲しいなら、より道具感を強めたクロスタイプなど、ヤンキー方向以外の提案を期待したい。

同じくインテリアも中途半端だ。傘が入るのがウリなどと言うのなら、全体的にもっと機能を打ち出した見せ方もあったと思う。

最近のスズキは、新プラットホームの評判の一方、商品企画としてどうも安定感が足りない。ハスラーやアルト、イグニスなどの良品がある一方で、バレーノや新しいスイフト、ワゴンRのような半端な商品がしれっと出てくる。

何でもアリの面白メーカーであっても、一定の基準を確保できるような「まとめ役」を立てるべきなんじゃないか。ワゴンRの散らかりぶりは、そんなことまでも感じさせるんである。

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新車心象風景:スズキ・スイフト

Photo何でこうなっちゃったんだろう、と思う。

雑誌でスクープイラストを見て、いやまさかこういうことにはならないだろうと思いつつ、しかし最近のスクープ画像の正確さにイヤな予感はしていたんである。

だから実車を発表会で目にしたときは、軽いため息が出てしまった。

3代目をデザインするにあたっては、やっぱり営業サイドからの「次は変えてほしい」という要望が大きかったらしい。初代の成功によってほぼカタチを変えなかった2代目は、末期になってそろそろ息切れ状態となったのは当然とも言える。

僕自身は、前2世代のカタチを変えても変えなくてもどっちでもいいと思っていた。当然、変えること自体が問題じゃないからだ。変えても変えなくても、要はその内容の問題で、そこに明快な意図と主張があるか否かが肝要だと。

で、3代目のスタイルは、つまりその明快な意図と主張が足りなかった。

たとえば、逆台形から緩い6角形にメージを変えたフロントグリルは、それ自体が初期スケッチからキースタイルとして一貫していたものじゃなく、開発途中に候補案から「これがいいかも」とピックアップされたものらしい。だから、このボディにはこのグリルが必須だという造形上の理由が見えて来ない。

張り出した前後フェンダーも、これがボディ全体の造形を反映しているわけじゃなく「ちょっと情緒的な味付けにしよう」という感じだ。実際、どのくらい張り出させて、そこにどんなラインを引くかは、モデルを作りながら試行錯誤されたもので、当初から明らかなイメージがあったわけじゃない。

逆に、前2世代のイメージそのままのキャビンは、これが必須だったということじゃなく、スズキの基幹車種として従来の雰囲気も残したいという要望から残ったらしい。だから、新たに曲面で構成したボディとのマッチングがよろしくなく、角度によっては柔らかいボディに硬いキャビンがめり込んでいるように見える。

赤や青はともかく、イグニスから流用した中間色のゴールドやネオンブルーでは、ボディがドヨンとして何ともつかみどころがない。それは、ロジカルであれ情緒的であれ、ボディに自身を貫く「芯」のようなものがない証拠だと僕は思う。

前2世代の、ロジカルで整合性を強く感じるデザインをやめようというのであれば、それはそれでいいと思う。欧州戦略車として、たとえばルノーのように情感を前面に出し、体温を感じるような造形でまとめるのもアリだ。繰り返すけど、肝心なのはその意図をどう造形に落とすかが明快であるか否かなんである。

けれども、新しいスイフトにはそれが決定的に欠けている。好評だった前型までのイメージを残しつつ、何となくボディを緩くしてしまったり、何となくフローティングルーフだのピラー内ドアハンドルなんて流行ものに手を出してしまったに過ぎない。そこに主義・主張は見えないし感じられない。

イグニスもあればバレーノもある。そのバラエティーの豊かさがスズキの魅力と言えば聞こえはいいけれど、せっかく獲得した大きな財産を、大した理由もなくひっくり返してしまうのは、実にもったいないことだと僕は思う。

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新車心象風景:ダイハツ・トール トヨタ・ルーミー、タンク

Photoこのクルマを肯定する理由は、いまのところ見つかっていない。

基本、後出しジャンケンで美味しいところを全部もって行く。トヨタについてのそんな表現は以前から当たり前に使われるけど、やっぱりそれは邪道だし、クルマの企画としては誉められるものじゃない。

もちろん、70~80年代の混沌とした状況ならまだあり得たかもしれないけど、いまやトヨタは年間一千万台の生産を誇る世界的企業なわけで、王者の姿勢としてはいささか情けない話でもある。

だから、スズキのソリオにガッツリぶつけるこの企画は、いくら分かりやすい話とはいえやっぱり残念だ。しかも、強力な販売力を動員して中堅メーカーから根こそぎ持って行くあたりは、単なる「対抗車」という次元とはまったく異なるわけだし。

そして、クルマ自体が醜悪なのはその上塗りなんである。もともと、ソリオもドメスティックカーとして厳ついイメージを持っていたけれど、それが上品に思えるほどの醜さは、もはや正視に耐えない。

ブーン・パッソという、これまた残念な近作のことを考えると、企画と開発を任されたダイハツは一体どういうつもりなんだと思う。発表会では、トヨタ傘下として皆が妙に生き生きしていたけれど、本当にこれが彼らの「やりたいこと」なんだろうか。

いずれも自社ブランドではほとんど売れない状況を考えると、ダイハツとしてのモチベーションは一体どこにあるんだと要らぬ心配もしたくなる。よもや、生産台数が確保できれば何でもいいやとは考えてないだろうけど。

で、そんなクルマがトヨタの思惑とおり、爆発的に売れているのがさらに残念なんである。

この国の市場は、一体いつまでこういう醜悪なクルマを好んで買い続けるんだろう。ミニバンではことごとくカスタムバージョンを選び、アルファードのような巨体はもちろん、軽に至るまでギラギラの改造車もどきが売れる。新しい三菱ekスペースみたいに冗談のようなクルマが次々出てくる。

もちろん、日本はカワイイとヤンキーで出来ていると言われてきたのは承知している。けれども、平成も30年近くが過ぎ、そろそろそういう感覚も過去のもの、ということにはならないんだろうか。一方で、オリンピックのエンブレムデザインを日本中であれこれ偉そうに語っているわけだし。

たしかに、コンパクトだけど乗れば広く、しかも安いことは大きな購入動機ではある。けれども、自慢のキーンルックを無理矢理大きな顔に張り付けた、この醜い顔を評価する理由には到底ならない。

僕らユーザーは、こういう下品な提案に対し、迷うことなく「ダメ出し」ができるような感性を持たなくてはいけないんじゃないか。多様化云々ではなく、まずはその前段階の見識として。

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新車心象風景:スバル・インプレッサ

Imp16901s売れているんだからいいじゃないか、と言われればそれまでなんだけど。

新しいプラットホームで走りの性能を磨き込んだ新型は、好調スバルの基礎固めを目的としたんじゃないかと思わせる。目新しさのないエンジンやミッションなどは、まあ追って何とかしますということで。

けれども、佇まいの第一印象は「代わり映えしないなあ」というものだった。

北米向けに大きくなったレガシィの代わりとして投入されたレヴォーグが、果たしてインプレッサのワゴンにしか見えなかったところからオヤ?と。そうなれば、インプレッサ派生のWRXやXVもそっくりで、何だスバルは車種がいろいろあってもみな同じじゃないかと。

もともとレヴォーグとインプレッサでは車格の違いのようなものがあったけれど、モデルチェンジで高品質化を進めたら差がなくなってしまった格好だ。じゃあ、次のレヴォーグはさらに大きく豪華に、では本末転倒だろうし。

同じ中堅メーカーでは、マツダが下からデミオ、アクセラ、アテンザと整理された構成を持っているのとは対照的だ。スバルの場合、仮にエンジニアリング的にサイズを大きく変えることができないのであれば、車型自体を整理すべきかと思う。

たとえば、レヴォーグをワゴンとするなら、インプレッサはハッチバックとセダンとし、WRXとXVを統合する。ショートワゴンであるスポーツはレヴォーグと重なるので、ゴルフと真っ向勝負できるような明快なハッチを想定する。ということでWRXとXVはやめる。

それではあまりに車種が少ないよ、ということであれば、売れ線のコンパクトミニバンを作ってはどうか。フリードやシエンタのように使いやすいボディで、スバルらしいオリジナルデザインなら、3ナンバーでも結構受け入れられるんじゃないかと。

で、それぞれに個性を与えるのがデザインの仕事なんだけど、「ダイナミック&ソリッド」を標榜した新型インプレッサが、結果「代わり映えしなった」のがツライところだ。

本当は、ボディに線を入れてソリッドなんてことじゃなく、もっと全体の構成から新しいスバルデザインを練り直すべきだったと僕は思う。車台が変わる今回はとくにいいチャンスだった筈。

だいたい、「これからはデザインに力を入れる」なんてスバルは言うけれど、たとえば4代目あたりまでのレガシィや初代のインプレッサの方が、いまよりよほど優れたデザインだったじゃないか。もちろん、軽のRシリーズもしかり。

ショーカーも、一時期のスバルのワゴンコンセプトなどは、向かうところ敵ナシの圧倒的な先進性と完成度を誇っていた。それが量産に反映されないのが残念だったところ、今度はそのまま反映させますよとなったら、コンセプトカー自体が凡庸になるという珍現象だ。

だから、「従来は嫌われないデザインに止めた」とスタッフが総括してしまう感覚が僕にはわからない。よもや、外部デザイナーが関わったクルマは消し去りたいという話なのか?いずれにしても、それら歴代車の実績や可能性についての考察があまりにも欠けている。

レヴォーグ、インプレッサ、WRX、XVを整理し、それぞれにまったく新しい個性を与える作業は、やりがいのある、実に創造的な仕事だ。それだけに、そこには確固たるプロフェッショナルな人材が必要なんだと思う。

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新車心象風景:ダイハツ・ムーヴキャンバス

Photo何かこう、チグハグな感じがするんである。

ムーヴ・キャンバスの販売は、なかなか好調みたいだ。新車の立ち上がりはたいてい販売目標を上回るものだけど、発売1ヵ月で2万台はかなりいい数字だろう。

好評の理由はいろいろだろうけど、VWタイプ2にも似たシンプルでプレーンなバス・スタイルと、それを上手く演出する2トーンのボディカラーが好印象なんだろうと想像できる。

で、ここで思うのは、マーケティングとターゲティングの話なんである。

キャンバスの発表会でたまげたのは、何と「実家で親と同居する若い女性」というターゲット。仲のいい母娘で、平日は母親が買い物に、週末は娘がドライブに出掛ける想定なんだそう。

自動車先進国で、こんなバカげた想定でクルマを作っている国はあまりないんじゃないか? 商品企画にあたってはマーケティングが必要だ、でもってターゲットを絞り込まなくちゃいけない。そんなセオリーに実直に邁進するうち、どんどん混迷して行った感じだ。

けれども、できたクルマは決して悪くないから、そこに大きなかい離を感じるわけだ。そもそも、実家にいる娘がどうしてバスになるのかが不明だし、お母さんの買い物と2トーンボディも結びつかない。妙チクリンなマーケティングと実際の商品に接点が見えてこない。

同じダイハツから今年春に発表されたブーンは、逆の意味で似たような話になっている。こっちは、コンパクトカーの復権を掲げ「軽自動車で培ったノウハウを注ぎ込む」と骨太なコンセプトだった。なんだけど、できたクルマがあのような体たらくで、やっぱり結びつかないと。

これは日産の話だけど、あのパイクカーシリーズのラシーンの開発はなかなか混迷を極めたそうで、その過程は書籍にもなっている。とにかくコンセプト出しが難航、何度試作してもピンと来ない。ところがすべてを仕切直した直後、まったく新しいスケッチが出てきてあっけなく決まった。

それがあの低いワゴンボディなんだけど、だったら最初からそのデザイナーにスケッチを描いてもらえばよかったと思うわけだ。何かこう、コンセプト出しに振り回され、クルマ作りの根本を忘れてしまった感じ。

キャンバスも「仲のいい母娘」なんて話はどうでもよくて、ぼんやりしたミラココアに代わる、息の長い魅力的なワゴンボディを作る、ということでよかったんじゃないか。同じく、ブーンは「軽自動車云々」は置いといて、とにかく美しく魅力的なコンパクトハッチを作るんだと集中すれば、あんなことにはならなかったんじゃ?

「出来のいいクルマが売れるとは限らない」のは、まあなくはない話だ。けれども、自動車メーカーとしては、第一にそれを信じて開発を続けるしかないと僕は思う。少なくとも、その思いよりマーケティングが優先されるようじゃダメだと思うんである。

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