« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

新車心象風景:日産・セレナ

Photoクルマ作りへの姿勢について、あらためて感じ入ってしまうんである。

いまや販売の中心は軽に移行、登録車のシェアはひと桁が当たり前で、すっかり国内市場は放置状態の日産。

売れてると言えそうな登録車はノートとセレナくらい。本来売れ筋である筈のマーチは安普請で自滅し、ノートにしても「広い割には安い」のが特徴という残念さだ。

上級車はグローバルの名の下、日本市場には到底マッチしない「国際商品」を並べただけで、影が薄く、もちろん売れる筈もない。それこそグローバルでの販売が上向けば、日本市場単体がどうのなんて発想はないよ、という体だ。

けれども、そこに出てきた新型セレナは、意外や「ふつう」に作られていたんである。

先代までの端正でプレーンな表現は影を潜めてしまったけれど、最近のエモーショナル路線でまとめられたエクステリアには、マーチやノートのように見切ったコストダウンは感じられない。それどころか、特徴的なフローティングルーフなど、日産がグローバルに展開するデザイン言語を、国内専用車にもあえて投入したりしている。

インテリアも、インパネのステッチ仕上げやドアの内張り、数パターンを用意したシート素材などはそれなりに丁寧に作られている。もちろん、ミニバンとしてのパッケージングも抜かりはないし、オートスライドドアや、分割タイプのバックドアなど、機能面でも新提案がそこそこ盛り込んである。

つまり、5ナンバーの購入しやすい量販国内専用車として真っ当に作ってあると。特段何かがスゴイわけじゃないけど、「ふつう」には作ってある。これで数ヶ月後にストロングHVが追加されれば、まあいまどきの国内商品として隙はない。変な話だけど、やろうと思えば、いまの日産でも国内市場にマッチした相応の商品を作れるんだなあと。まあ、プロパイロットなどという何でもできそうな名前の運転支援システムにいささか頼った販売方法は気に入らないけれど。

で、逆に言えば、じゃあマーチやノート、あるいは消えたラティオあたりは本当に手抜きだったんだねって話だろう。

数少ないヒット作であるセレナは大切にという気持ちは理解できるけれど、だからといってここまで開き直ったかのような作り分けはもちろんいただけない。ふつうに作れるんだったら全部ちゃんとやらなきゃ。

安普請のコンパクトと「ふつう」に作ったミニバン、やたらにデカく値の張る上級車。他社と共同開発の軽。その場その場の都合で、埋め合わせのように投入されたラインナップがいまの日産なんだとあらためて思う。

そんなこんなを「やっちゃえ日産」のひとことで煙に巻こうとする姿勢は、もちろん論外。自分で言うんじゃなくて、ユーザーから「やってるね」と言ってもらうには、地道にちゃんとしたクルマを作るしかないんである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

雑誌記事:不定期コラム、後編です

セレナの不定期コラム、後編が掲載となりました。

(クリッカーサイト)

http://clicccar.com/2016/09/16/398526/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雑誌記事:不定期コラム掲載されました

Photo自動車専用サイト「クリッカー」での不定期コラムが掲載されました。

今回は先日発表された日産の新型セレナについて、いつものとおりチーフデザイナー氏にインタビューをしたものです。

セレナは、歴代とも比較的プレーンな表現が特徴で、それがある種の安心・安定感につながっていたのではないかと思われます。トヨタやホンダのライバルが右往左往する中で、ブレのない進化を続けてきました。

それが、先代の後半あたりから近年の日産が推し進めるエモーショナル路線の片鱗が見え始め、いよいよモデルチェンジとなった新型で一気に全開になった感じです。

今回のインタビューはボディ全般に渡っていますが、やはりその辺のアプローチの変化についても聞いています。一見アグレッシブでウケがよさそうなボディですが、先代までのプレーンな印象を捨てていいのかどうか。

冒頭にそんな話を詳しく聞いたこともあり、コラムは今回前後編に分けての掲載となっています。お時間がありましたら、まずは下記前編からご笑覧ください。

(クリッカーコラム)

http://clicccar.com/2016/09/15/398521/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クルマ散策:大分ミニツーリング

Img_2885ちょっと九州をドライブしてきました。

佐賀でのサラリーマンの仕事を終え、そのまま夏休みをもらった次第です。

唐津で駅レンタカーを調達、長崎道から大分道を走り、まず向かったのは大分の山奥のカフェ。日田インターから山に向かってひたすら飛ばすこと40分、目指す「豆岳(まめたけ)」(写真下)に到着。

以前、ネットで偶然知り、すでに珈琲豆は何度か取り寄せていたのですが、今回はせっかく九州に寄ったので行ってみようかと。高いたかい丘の上に建つ木造の小さな店は趣味もよく、現地で飲む珈琲はもちろん絶品でした。

初日の宿は初めての別府です。これまで何度となく九州には訪れていますが、なぜか足が向きませんでした。よくある「一度は泊まりたい宿」といった雑誌などには、なぜか別府の宿はあまり出てこないんですよね。

宿はいちばん山寄りの「明礬(みょうばん)温泉」にあり、強酸性のお湯が特徴です。あたり一面硫黄のにおいが漂う、いかにもというところでした。

二日目は別府の街を巡ってから、実はこちらも初めての熊本は黒川温泉へ。

地震の被害が深刻な熊本ですが、大分に近い黒川温泉は大きな被害はなかったようで、人気の温泉地らしく多くの観光客で賑わっていました。「ふっこう割」など、自治体による集客策も効果を上げているようです。

チョット観光地化し過ぎ、なんて指摘のある黒川温泉は、まあたしかにそういうところも見受けられましたが、それでも落ち着きを保っているし、お湯もよかったです。

Img_2881翌日は阿蘇の小国周辺を散策してから博多へ戻りました。

今回の相棒はホンダのフィット。ほぼ新車状態で、かつ売れ筋グレードの最新車は非常に快適でした。余裕は感じないですけど高速道も苦にはなりません。もちろん、燃費もリッター20キロ近く走りましたし。

ただ、過剰デザインの現行フィットは、乗っていてもそのスタイリング全般があまり頭に入らないというか、しっくり来ないのが不思議ですね。あのボディサイドのラインも、使っていると印象に残らないのが不思議です。

同様にインテリアも、質感自体は頑張っているんですけど、インパネ周辺がいろいろ要素で溢れていて、一体どういうデザインなんだかよく分からないんですね。で、そのうち内外装とも気にしなくなる。

そういえば、近頃初代のフィットをたまに見かけると「よくできてたなあ」なんて思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クルマの他:快進撃!「シン・ゴジラ」

Photo久々の「クルマの他」です。例によって興味のない方は今回はスルーしてください。

職場やSNSをはじめとした周囲の人たちはもちろん、タレントや一部の社会学者というTV画面の向こうの方々まで絶賛する新作ゴジラとは一体どんなもの? ということで、遅まきながら地元シネコンで観てきました。

で、率直な感想は「あ、ふつうに作ったんだ」と。

エヴァの庵野監督と聞けば、また世界を再構築してワケのわからないことになるか、あるいはオタク独特のリアリティに踏み込んで痛々しいことになってるんじゃないかと想像していたんですけど、意外にも怪獣映画にまっすぐ取り組んだんだなあ、と。

じゃあ、映画として面白かったのかというと、それはチョット違うかもしれません。

政府じゃなくて官僚VSゴジラとし、そこにかつての日本沈没や押井守氏のパトレイバーなど、僕と同世代らしいSF映画体験のモチーフを散りばめ、そもそも大好きな?怪獣映画として得意の特撮技術を発揮しています。

そこに2016年のニッポンとして3.11を組み込んだ原案・脚本に大きな破綻はありません。もちろん、好評だったハリウッド版ですらちゃんと原発を描いていましたから当然ですけど、一方では軽々しく放射能から逃げてしまったヤマトの新作みたいな例もありますので。

で、決定的に欠けていたのは人物描写ですね。主人公である内閣官房副長官はなぜあんな真っ直ぐなのか、ライバルの出世欲は何を狙うのか、愚連隊の役人陣はどんな弾かれ者なのか。もちろん、ヒロインらしき大統領特使は何であんなに偉そうなのか、とか。

また、それぞれの登場人物同士の関係、感情、気持ちの動きもほとんど感じられません。たとえば、牧教授はゴジラの正体に迫っていながらなぜ自ら命を絶ったのか、その人間性がストーリーには絡んできません(折り紙だけ)。

舞台はほぼ官邸という官僚の「職場」です。ですから、この映画は役人の「お仕事」「現場」としての怪獣退治に終始しています。それ以外の世界はほとんど描かれません。

物語の構図をシンプルにするために割り切ったとも言えますが、アニメ先駆け世代として、描かないというより描けない、もしくはそんなものには興味がないとさえ思えます。人間関係やら心の動きなんて面倒なものより、対戦ゲームのごとく、次々に作戦の立案・実行に邁進する方が面白いと。

いえ、アニメの場合はいまどきの絵柄に人気の声優を組み合わせれば、何となくキャラクターが完成したように感じてしまいますが、生身の人間はそうは行きません。もちろん、錚々たる俳優陣を集めても。

押井氏のパトレイバーでは、同じく冒頭に自殺をした首謀者の人間性、考え方こそが一貫した作品のテーマになっていましたし、日本沈没では日本人そのものを問うていました。表現の対象や描き方はどうであれ、そうしたものがなければ映画にはならないとも思います。

シン・ゴジラは、3.11をモチーフにすることで、あたかもテーマ性を持っているかのように感じられ、絶賛の一部はそこに理由があるのかもしれません。でも、それはあの災害をなぞったに過ぎないと感じました。

あるいは、牧教授の行方やラストの尻尾の異形など、意味深な表現で後々の解釈論争を煽るようなやり方はまるでエヴァでした。そういう謎解きと映画としての「奥行き」は決して同じではないと僕は思います。

3.11では実際に被爆をしながら原子炉爆発を阻止した米軍がいましたし、迷走する政府の傍ら、文字とおり体を張った消防士など多くの役人がいました。

テーマを考えるなら、それをなぞるのではなく、災いの前後での世界観の変化や、あるいはそれを背負ってしまった後の日本の未来、なんて考え方もあったような気がします。

いえ、あくまでも個人的な感想ですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クルマ散策:ダイハツ・キャンバス発表会へ出掛ける

Photo今日、職場の夏休みを利用して、ダイハツ・キャンバスの発表会に行ってきました。

会は、前半に非常にビジネスライクな報道発表会を、後半に発表イベントという2段構成です。

その発表イベントでは「とと姉ちゃん」の高畑充希さんがCMキャラクターとして登場。事前に周知されていたこともあり、カメラをはじめとした報道陣はかなり前のめりな感じです。

なんですけど、会の進行についてはチョット残念な感じでしたね。

まず、今日は同時に「おひとり様」「草食男子」で有名なトレンド評論家の牛窪恵さんも呼んで、ターゲットとなる若い女性に関してのプレゼンがあったんですが、その内容が想定内というか、どうにもありきたりで。

また、報道陣待望のフォトセッションでは、当然のこととして高畑さんの方にフラッシュが集中するわけですが、何でわざわざそんな差が出るようなステージにふたりの女性を立たせるのかな、とか。

Photo_2さらに、新型車の便利機能を紹介するのに、わざわざ高畑さんにキャンプグッズなどをクルマに積ませたりの小芝居をさせるのもちょっと。いかんせん進行に無理があって、何やら学芸会みたいです。

加えて、司会の女性が甲高い声でいちいち「どうですか?高畑さん」「高畑さん、いかがでしょう?」を連発し、もはやコメントの無理強いも甚だしく、当人も困惑気味な感じでした。

こういう子供っぽい進行を考えるのは社内広報なのか、外注なのか? もし高畑さんがターゲットの女性にドンピシャなんであれば、ふつうに彼女のライフスタイルについてじっくり話を聞けば面白くなるのに、なんて思うんですけどね。

さて、このキャンバスについては、今後なんらかの記事になりましたらここでお知らせしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新車心象風景:ホンダ・NSX

Nsxホンダ車のデザインエッセンスって何だ?って話なのかもしれない。

たとえばメルセデス・ベンツのGTにしても、あるいはアウディのR8でも、機構や機能の違いはともかく、どこから見てもメルセデスだし、アウディそのもの。スーパースポーツではあるけれど、その佇まいはラインナップ全体に共通するデザイン言語をそのまま使い、自身の主張をする。

2千万円前後もする特別なクルマなんだから、じゃあ量産車とはまったく異なるデザインを作り出そう、100%スペシャルにしよう、なんてことはないみたいだ。

一方、フェラーリやランボルギーニ、マクラーレンなど、そもそものスーパースポーツメーカーは独自に構築された一貫するスタイリングを持ち、展開している。どの車種であれその存在は一目瞭然だし、伝統に基づいた魅力も備える。

NSXも、初代は当時のアコードやシビックなど量産車の雰囲気を低いアルミボディに落とし込み、ホンダらしく、また実に日本的な佇まいを見せていた。あまりに長いリアオーバーハングなどの難点もあったけれど、より万人向けのスーパースポーツを巧く体現していたと思う。

じゃあ、当然2代目はいまのホンダらしさを、となるわけど、これがなかなか難しいことになっている。

80~90年代がウソのように独自性を失った近年のホンダデザインは、それを一蹴するべく「エキサイティングHデザイン!!!」を掲げているけれど、残念ながらフィットのボディに切り欠きを入れるような空虚な勢いくらいしか見えてこない。

で、2代目NSXはもちろんそこが問題だ。

たとえば、アキュラを示す横バーと、ホンダの「ソリッド・ウイング・フェイス」を組み合わせたフロントフェイスはかなり煩雑で、そもそも両者の要素を反映する必要があったのかどうか?

まるでミニバンみたいなリアランプは、これもまた量産車を意識したのかもしれないけど、れがスーパースポーツとして味気なく感じてしまっては意味がないのではないか? などなど

で、北米チームの女性デザイナー作というエクステリアは、実際には2012年の日本チームによるコンセプトカーが基本で、まるまる日本の空気を反映して出来たもの。当初より初代のコンセプトを堅持するとした北米チームは、だから日本的な表現もそのまま受け継いだのかもしれない。

一般に、2座スーパースポーツは、スリーサイズさえ間違えなければそれなりに見えると言われるとおり、NSXの基本シルエット自体に違和感はない。けれども、迷いが続く量産車のデザインを部分的に採り入れたエクステリアは、それでもってホンダの頂点を、あるいは25年間の集大成を示しているのかといえば、これは相当疑問なんである。

今回、正式発表まで何やら妙に時間がかかったけれど、しかしスタイリングについては、コンセプトモデルの登場以降、何となくそのまま初期案を引きずってしまい、実際の練り込みがほとんどなかったようにさえ思える。

まあ、量産車なら希にそういうこともあるかもしれないけど、何といってもこいつは2400万円のスーパースポーツなんである。

評論家の島下氏は雑誌で、開発と生産が北米主体になってしまったこと、価格が初代の3倍にもなってしまったことから、2代目は僕たち日本のユーザーのものではないと言い切っている。それは今後に期待したいとも。

新型が、そんな風にどこか遠い存在だと言えるなら、それは開発主体や価格だけの話じゃなくて、クルマそれ自体の理解と解釈が難しいことも大きいんじゃないかと僕は思う。

もちろん、3モーターのHVスポーツという成り立ちこそがニッポンらしいとは言えるし、北米に軸を置くこと自体がホンダらしいじゃないか、とも言えるんだけど。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »