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クルマ散策:大人の良心?

2015 年末恒例、新宿紀伊国屋ホールでの永六輔主催、「六輔年忘れ」に行ってきました。

 初日のプログラムは「新宿寄席」。佐高信、松元ヒロも出れば三遊亭小円歌の芸もあるという何とも幅広い演目。それでも壇上は、放送メディアではNGな話満開というのが例年の常です。

 行ってきたのは昨夜の2日目、ゆめ風基金チャリティオークションと「夢あいヒットパレード」。小室等の進行によるそのミニコンサートは、ジェリー藤尾、坂本スミ子、中山千夏、田辺靖雄と九重佑三子といった、まさに「夢で逢いましょう」な面々。

  「遠くへ行きたい」「いつもの小道で」「夢で逢いましょう」など、すっかり耳馴染んだ曲でも涙腺が緩むのは、そういう曲がどれも”良心”で溢れているからでしょうか。

 押しつけでない、豊かで奥深い、抑制のきいた大人の良心で紡がれた詩と曲。TBSラジオ「土曜ワイド」で永さんを支える外山アナもステージに並んだラストは、その土曜ワイドのエンディングにも似た”良心だけ”の瞬間でした。

 クルマ業界に激震が走った徳大寺氏の訃報、孤高の人らしく静かに逝ってしまった前澤義雄氏に思うのは、良心というよりは、もしかしたら「大人の仕事」といった方がいいのかもしれません。

 Photo_2何人もの評論家が「徳大寺さんの拓いた道があってこそ」と称えつつ、しかしそれを越えられないままのジャーナリズム業界。フィロソフィだコンセプトだと言葉数は増えたけれど、どうにも本質を欠いたままの時流的デザイン。

 いまクルマやそのメディアに物足りなさを感じるのは、きっとそういう子供っぽい仕事が、心あるユーザーの期待をはるかに下回って、いい意味での想定外がないからかもしれません。見ても読んでも「ああ、こんなものか」という。

 もうすぐ2015年。新しい年、新しい時代に「大人の仕事」を見せてくれるのはどんな人なのでしょうか。

 いえ、もちろん自分自身も精進するという前提ですけれど。

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コメント

すぎもと様こんばんは。
 
多少なりともデザイン方面に携わる者として…
正直な所、国産車のデザインは表層的というか…オーラが絶対的に足りない気がします。
 
オーラが分かりづらければ、色気?車ならではの官能的な色気。
それは、フェラーリやマセラティ、アルファロメオなどを見て頂ければ分かるかと思います。
 
内からほとばしる色気。
 
国産でそれが出来ているのは、現時点ではマツダぐらいでしょう(最近スズキが頭角を表して来た気がしますが…)。
 
しかし、大抵のユーザーはそのような物は求めておらず、低燃費、快適さ、丈夫さ、積載性…
 
ある意味、国内での車のあり方は間違ってはいないと。
車は芸術品ではなく、走ってなんぼ。便利でなんぼ。
そのようなユーザーのニーズに沿ったラインナップが、いわゆるミニバンであり、ハイブリッドであると。
 
私自身、それはそれで良いと思ってます。
ミニバンも、大家族での移動などでは大活躍するでしょうし。 
街を走る車が全部が全部フェラーリみたいな車ばかりだったら、それはそれで嫌かな、と(笑)
 
結局何を言いたいのか分からない文面になってしまいました。
申し訳ありません…。
 
徳大寺さん、前澤さんの訃報はビックリ致しました。
前澤さんのデザインしたZ32は、当時エラい衝撃を受けた事を思い出します。
 
お二方の御冥福を、心よりお祈り申し上げます。

投稿: とあるイラストレーター | 2014年12月27日 (土) 21時13分

徳大寺さんの文章を読むようになって25年、前澤さんの存在を知って追いかけるようになって20年くらいになります。

ある評論家は徳大寺さんの死に際して「自動車業界以外の業界は製品の悪口をメディアにのせたら『生きていけない』、でも自動車業界でそれが可能なのは徳大寺さんがいたからだ」「それも最近は難しくなりつつある」と語っていました。
メーカーの広告力は膨大で一人のメディア人が対抗するのは難しいのかも知れません。でもメーカーより力があるのは一人一人の自動車ユーザーのはず。ユーザーがメーカーにもっと働きかける見識(あるいは強欲さ)と広い意味での「美意識」をもたなければよい自動車は生まれないかもしれません。個人的には「日本の車がダメ」なのではなく「流行の流されやする」のが問題だと思っています。生前の徳大寺さんは「生活のどこかで外国車に接する機会があれば、国産車しか所有できない場合でも豊かな選択ができる」とよく語っていました。多くの日本人が広い意味での「美意識」を身につけることの豊かさ、それが徳大寺さんの語りたかったこのなのかなぁと思っています。

前澤さんには数年前の東京モーターショーのツアーに参加した際、清水草一さんとともに案内していただきました。前澤さんの存在を知る前から気になっていた車、Z32、マキシマ、パルサー(それもセダン!)に前澤さんの手が入っていることを知って驚いたのを覚えています。前澤さんのデザイン論もそうですが「男としての生き方」をもっと語って欲しかったと思っています。

投稿: ネコ | 2014年12月28日 (日) 09時05分

大人の良心…たぶん、当の大人の人たち、とりわけ中年以上の人たちでもなかなか難しいことになっちゃったのかも知れません。
徳大寺さんの訃報は、残念ですが、昨年高知の桂浜でお見かけたときすでに車椅子での移動だったのであまり無理はできないのかな…と思っていたので、訃報に接したときはあぁやはり逝かれてしまったのかというのが実感でした。
昨日、自動車雑誌の取材を受け、ライターさんとカメラマンさんと編集部の方とコメダでお茶したんですが、その時に徳大寺さんの話が出て、メーカーへのモノの申し方について、苦言は呈するけどそこにはちゃんと愛があったみたいな話が出ていましたね。それに比べて某評論家さんは、最初っから上から目線で頭ごなしに…なんていう話も。
これからのジャーナリズムが生き残って行くには、メーカーとの付き合い方もさる事ながら、媒体をどう残すか、また違った媒体に進むかも重要でしょうね。その表現する場によって違ってくるでしょうから。読ませるという意味では、まだまだ紙媒体、活字媒体の方が大人の仕事が出来る気がします。

投稿: アクシオム | 2014年12月29日 (月) 20時59分

あけましておめでとう。 お二人ダンディーで好きな評論家でしたので残念です、お二人の御冥福をお祈りします。

投稿: さね | 2015年1月 3日 (土) 17時48分

とあるイラストレーターさん

ユーザーのニーズが先か、メーカーの啓蒙が先か、なんとも言えないところですが、たとえばミニバンがノア・ボクシーになるかピカソになるかの違いが課題ですね。そういう意味で日本は悪循環なのでしょうか。

ネコさん

選挙の投票を見れば、日本人の「流れ」への無抵抗・無自覚ぶりは年々増しているとすら思えます。そうなると、メーカーの「覚醒」を期待するしかないのかもしれませんね。好き嫌いは別に、マツダのような。前澤さんの仕事は僕もすべて好きですね。パルサーだと個人的には5ドアが好きでした。

アクシオムさん

仮に批判的な記事を書くにしても、どのように仕上げるかはその人次第ですね。愛があるとまで言わなくても、単に文句を言っているようにしないことは十分可能ですから。そこも含めて実力ということでしょうか。

さねさん

本当に残念ですね。

投稿: すぎもとたかよし | 2015年1月 5日 (月) 11時25分

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