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雑誌記事:不定期コラムはじめました

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 不定期ですが、新しくコラムを書くこととなりました。

 掲載はクルマ専門サイトの「カービュー」です。総合情報サイトとして、新車情報に限らず、中古車や買取、そしてみんカラとの連携など、非常に幅広い内容を扱っているのが特徴です。今回は、その中の「コラム」として記事を書かせていただくこととなりました。

 内容はここのブログとは少し違って、より一般的な旬のクルマネタ、クルマ社会ネタを扱ってゆく予定です。そのあたり当面は手探りとなると思いますが、早めに自分なりの方向を打ち出せればと思います。

 初回は輸入車の価格について、です。お時間がありましたら、以下のサイトにてお読みいただければと思います。

 http://carview.yahoo.co.jp/

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新車心象風景:トヨタ・ハリアー

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 クルマの進化って何だろうと思わせるんである。

 80年代以降、ライバルを引き離しにかかった当時のトヨタのクルマ作りは、実に「巧い」ものだった。とくに最大のライバルとされた日産の混迷を尻目に、時代にマッチし、スタイルもインテリアも走りも、ユーザーの期待より少しだけ先を行く絶妙のバランスを感じさせたんである。

 初代のハリアーは、その流れの「後期」に登場したというのが僕の認識だ。分かりやすいプロポーションにシンプルな面、端正なグラフィックのボディは、高級セダンとSUVの融合というコンセプトに沿っていて、言ってみれば当時ヒットしていた9、10代目クラウンを背高にしてバタ臭さを加えたような巧妙さがあった。

 一方で、ここ5、6年の何をやりたいのかよくわからない流れのまま出てきたのが新しいハリアーかと。

 いや、2代目の途中からレクサスと合流したり、今度は米国版RAV4の兄弟車と、ポジション的にもワケがわからないことにはなっていたんだけど、あくまで商品自体として。

 で、いちばんは意図不明のスタイリング。これ後付け品?なグリルとバンパー、グニャリと凝ったフロントランプ、妙なカーブのサイドグラフィック、ガタガタしたリアランプと、そこから下る中途半端なライン。

 初代のようなシンプルさでもなければ、特段エモーショナルに振ったわけでもない。何となくいま風に凝ったパーツを散りばめただけで、「これ」という一貫したテーマが感じられない煩雑なボディは、まさに最近のトヨタ車そものだ。

 インテリアも、たしかに人工皮革で包まれたコクピットはある種の質感があるけれど、何というかとても唐突な提案で落ち着かない。この突然変異的な造形は、エクステリアの散らばり感にも通じるところだ。

 まあ、それでもかなり好調に売れているのは、たぶんフルHVの投入が大きいんだろうと。カローラの例にもあるように、いまやHVは七難隠す。政治の世界ではいま多くの無党派層がいるけれど、何となく新車という層にとって、HVはアベノミクスのかけ声同様抜群の浸透力だし、件の内装だって「スゴい豪華!」と背中を押す。

 けれども、初代のまとまりのよさと比較すると、クルマの進化って一体何だろうと改めて考えてしまうんである。

 走行や安全性能、快適装備に燃費と、すべて新しいクルマが勝っているに決まっているんだけど、それでも「あのときは巧かった」と思わせてしまうのはなぜなんだろう。仮にトヨタのバランス感覚がいま感じられないとしたら、そこに進化という言葉を使うのは適当なんだろうか?とか。

 当時のトヨタを80点主義と称したのは間違いじゃないと思うけれど、だったらいまは新しい時代の80点主義ということなんだろうか。個人的にはいささか疑問なんだけれど、いずれも同じように極めて多くの支持を得ている以上、そう思うしかないのかもしれない。

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新車心象風景:スズキ・ハスラー

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 ワゴンRが出たときか、それ以上の反響らしい。

 で、成功の秘訣は、いわゆるプロダクト・アウトの要素が大きかったからかもしれない。

 お披露目の東京モーターショー会場で聞いたのは、ジムニーのようなハード方向でなく、もっと使いやすくカジュアルな生活四駆のニーズが少なくないという話だった。そういう声をいつか形にする機会を伺っていたと。

 その意味では完全にマーケット・インな発想なのだけど、恐らくは、それ以降の相当短かったとされる開発期間での仕事が、まさにプロダクト・アウト的だったんじゃないかと思うんである。

 その好例が、ひとりのデザイナーが描いたとされるスケッチを、ほぼそのまま採用したエクステリアデザインだろう。

 ジムニーをモチーフにしたライトやフェンダーなど、聞けばいろいろな意味付けはあるにせよ、全体に違和感のないまとまり具合は合議の末というより、ひとりの明快な主張からだと思わせる。もちろん、ポップなボディカラーや明るいパネルとブラックのコントラストをきかせたインテリアも同じだろう。

 幸運だったのは、短い開発期間の中で優れたキースケッチが描かれたことと、それを採用した責任者がいたことかもしれない。かつ、それをアレコレやっている時間がなかったのもよかった。そうした勢いと流れが、結果的にプロダクト・アウト的な姿勢になったと。

 ただ、それにしてもなあと思う。

 開発話では「今回は皆が本当に楽しんでやった」ことが強調されているんだけど、どうもそれが気になるんである。いや、言いたいことはよくわかるんだけど、本来、それはすべてのクルマでそうあるべきだと思うので。

 たとえば、これが基幹車種のワゴンRともなれば「力が入る」のが当然だと言うのなら、それは違うんじゃないかと。

 そりゃあ、ハスラーとワゴンRでは発想のベクトルこそ違うんだろうけど、やっぱり勢いや楽しさがなければおもしろい発想は生まれない。単にネガ潰しの方向や、あるいはお定まりのデザインだの機能に陥ってしまう。ほら、最近の「シルバー加飾」などという貧しい流行はそのいい例じゃないか。

 そもそも、エポックメイキングな初代ワゴンRができたのだって、相当な勢いと楽しさがあったからこそなんじゃないか? それがヒット作になったからって、現場から楽しさがなくなってしまったら本末転倒でしょう。だから、「今回はよかった」なんて簡単に

 奇しくも、ハスラーがその初代ワゴンRのときと同じかそれ以上の反響だというのは、つまりはそういうことなんじゃないかと思うんである。

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