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雑誌記事:マガジンX・10月号発売

Magx10

 ニューモデル・マガジンXの10月号が発売になりました。

  今回は自動車保険と地震保険です。

 今回の震災も含め、通常の契約では地震や津波などについて、クルマの被災はほとんど対象になりません。じゃあ、今後はどうなるのか? 業界団体や保険会社に話を聞いています。

 連載が終わったこともあり、2ヶ月ぶりの掲載です。今後も企画がとおった場合だけになりますけど、できるだけ記事が書けるよう頑張ります。

 それでは、お時間がありましたら書店にてお手にお取りください。

 

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クルマ散策:「3高」?、いえ「3低」で

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 あるサイトのアンケート報告で、最近のクルマの購入傾向として「3低」傾向にあることが指摘されていた。即ち「低価格」「低燃費」「低維持費」なんだそうで。

 牛丼1杯250円のデフレ?時代に、クルマだってお安くといのは自然な流れだ。だた、一体いくらなら「低価格」なのかはユーザーのお財布状態によって違ってくるから、まあ安易な線引きはできないんである。

 僕なんかはコンパクトカーの100万円台前半がパッと頭に浮かぶけれど、絶好調のプリウスは200万円オーバーだし。もちろん、この場合は「低燃費」が絡んでくるからやっぱり「3低」なのかもしれないけど。

 その「低燃費」は数年前のガソリン高騰あたりからユーザーの意識を変えてきたようだけど、ちょうどその頃から新車の燃費性能が急激に上がってきたこともあるかと。ちょっと前まで、カローラクラスでさえATなら平気でリッター10キロを切っていたような状況が、ふつうに13、4キロ走ってくれるような変化。そしてハイブリッドがこれを後押しした。

 「低維持費」はふつうに考えれば軽自動車なんだろうけど、これもダウンサイジングを考えればもう少し幅があるかもしれない。そもそも、故障の少ない日本車自体が以前から低維持費車とも言えるだろうし。

 じゃあ「3低」はまったく報告のとおりじゃないか、となるところだけど、どうも記事の行間からは、同時に「低品質」というオマケが読み取れるのが気になるんである。

 目に見えるコストダウンといえばタイ製のマーチが話題の筆頭だけど、国内製だってヴィッツやパッソ・ブーンなんかも結構すごいことになっている。

 それに、ある雑誌では新興国で生産されるコンパクトカー、たとえばトヨタのエティオスなんかは日本でも売るべきだと訴える評論家もいるから、そうなればこの方向はさらに加速する。

 80年代、北米を中心に反感を買った日本車の特徴は「個性はないけど安くて壊れない」だった。じゃあ、低品質だったかといえばそれは違うと思う。もちろん、20~30年前なりのチープさはあっても、ことさら安物を目指していたわけじゃないと。さらに、北米ユーザーが当時日本車を選んだのは、小型軽量故の燃費のよさがあった。

 つまり、もうずいぶん前から日本車は低価格・低燃費・低維持費の3拍子が揃っていたし、可能な範囲での品質管理もできていたんである。だから、それから四半世紀を経た現在は、日進月歩の技術向上によって、それはそれは素晴らしい「3低」車が溢れている筈、だった。

 なんだけれど、現実は少々違って、単に安易なコストダウン方面へ傾いてしまったみたいだ。もちろん、スイフトやデミオのような良品もあるけれど、当時の勢いで四半世紀をかけた「成長」はほとんど見られず、軽にしてもわずかな規格変更に縛られて歩みが加速しない。

 メーカーがそういうことをやれば、ユーザーは「クルマなんか動けば何でもいいや」となるだろうし、「とにかくお金のかからないやつ」にもなる。じゃあもっと安いクルマをとメーカーが考えれば、もう完全に悪循環だ。そりゃあ、クルマ離れだって起こるわな。

 「3低」は日本車の武器ですらあると思うけれど、僕が考えていた2011年の「3低」はいまみたいなクルマじゃない。それは一体何が原因なんだろう?

 メーカーの怠慢か、動かし難い市場原理か。それとも御用評論家を含めたメディアなのか、あるいはもしかして僕らユーザー自身にあるんだろうか?

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雑誌ナナメ読み:若手も御用記事?

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 日本の自動車評論を斬る、なんていう割に、最近そういう記事をあんまり書いていない。正直、このところ自動車雑誌を幅広く読んでいなかったんである。こりゃ怠慢だ。

 ということで、久々に何誌か買い込んでみたところ、B5判のH誌が結構すごい感じだったので、チョットふたつばかり取り上げてみようかな、と。

 まず、何といっても評論家O氏の日産ラフェスタ・ハイウェイスターのインプレッションだろう。

 冒頭からTVCFで使われる「イケダン」なんてワケの分からないキーワードを持ち出すのも驚きだけど、事情を知らない人が見たら日産ハイウェイスターに見える点はポイントが高い、という評価もかなりのもんだ。

 そして、そこから延々続くインテリアや足回り、エンジン、アイドリング・ストップの解説はマツダ車のそれだから、根本的に意味がない。

 そうして迎えた結びは、何と「イケダンを目指すなら、ハイウェイスターのようなクルマで、”できる男”を演じたいところだ」と来た。

 端的に言って、いちばん安易で恥ずかしく、そして中身がない書き方なんだけど、まあ若手とはいえ、それなりの年齢を迎えた大人が本気でこんなものを書くとは思えないから、これは頭が悪いとかじゃなく、やっぱり「無責任」な仕事と言うべきなんだろう。

 もうひとつは、このO氏ほどじゃないけど?な内容の、女性評論家T氏によるダイハツe:Sプロトタイプ試乗記。

 試作車の”お試し”だから、内容全般はその解説に終始していて、まあそれは当然なんである。けれども、それらをまとめて「軽自動車のあるべき姿が現実になった」とか「安くて、速くて、安心~」っていうのはいかがなものかと。

 僕はこのe:Sテクノロジーを否定しないし、現行規格でできることにチャレンジし、それを市販車に落とし込むのは評価するべきことだとさえ思う。

 ただ、じゃあ軽自動車のあるべき姿がこれかといえばそうは思わない。軽量化、高効率化は必要なこととはいえ、それ以前に排気量やそれによる出力・トルク制限から見直さないと、本当に新しい時代の軽自動車なんて見えてこない、というのは最近の自分の記事のとおりだ。

 この2氏の記事については、メーカーが言ってること、提案していることを「そのまんま」文字にするだけという点でまったく一緒だ。たとえばOEMって何だとか、ホントに軽規格はこれでいいのかとか、本来評論家として考えるようなことは何ひとつ書かれてないんである。

 うーん、これじゃあ僕が本を書こうと思った20年前から何も変わっちゃいない。いや、このふたりが僕よりずっと年下だということを考えれば、むしろ後退じゃないか。

 日本での自動車評論を形にした小林彰太郎氏が自叙伝を書き、ベストセラーで広くユーザーを啓蒙した巨匠はいま一度警鐘を鳴らしている。両者が自らの晩年の仕事としてそういう「まとめ」をするに至るまでの、この長いながい数十年間は一体なんだったんだろう? 後を追うべき若手のこの体たらくを見ると、そんなことまで考えてしまう。

 もちろん、TVニュースが政府やスポンサー企業の「広報」に成り下がり、作りがワイドショーレベルに劣化しても、それをニュースとして疑問を持たず観ている人が大半なように、こんな記事でも「フムフム」と納得している読者、ユーザーがほとんどなんだろうけれど。

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新車心象風景:ルノー・ウインド

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 ウインドを見て思うのは、最近の微妙なフランス車デザインについて、だ。

 トゥインゴとフロントを共有する2ドアボディは、しかしそれを意識させない展開をボディ後半に持ち込んでいる。なだらかに下るルーフラインと、リアに向けて上るショルダーラインのダイナミックな対比がこのクルマの明快なデザインテーマだろう。

 絞り込まれたリアランプ回りもウインドの個性として演出され、そこにはこれが既存車ベースなんかじゃありませんから、という気概も感じる。

 そうやってできたウインドは、いまどきのメタルトップ2ドアオープンとしてそれなりのまとまりを持っている。もちろん、あからさまな手抜はないし、「センス悪ぅ」なんてこともない。

 なんだけど、見方を変えれば「これはスゴイぞ」ということもないんである。悪くはないしユニークでもある。けれども、特段に目新しいとか、目を奪われるほど美しいわけでもない。

 実はこれって、僕が最近のフランス車全般に感じることなんである。

 同じルノーでは、メガーヌがナマズみたいに締まりがなくなって先代のよさを失ってしまったし、マイナーチェンジをしたルーテシアも微妙に緩くなった。

 ツリ目路線から方向転換したプジョーもイマイチだ。繊細さと正当派プロポーションを示したコンセプトカーは期待を抱かせたけど、新しい508はそこまでのキレも完璧なプロポーションも感じさせない。

 シトロエンはC6以降に一時いい流れを作ったけれど、今度のC4は日本車みたいな小手先に走っているし、DSシリーズは以前ここに書いたとおり、いまひとつピンと来ない。

 そういう、長い時間に耐え得るデザインを持ったクルマが、最近のフランス車にはとても少ない気がする。ルノーはルケモン、プジョーはピニンファリーナなんていまさら言うつもりはないけれど、それでも、いまや先代のよさをそこそこうまく引き継いだルノーのカングーや、シトロエンのC3あたりくらいしかコレというクルマは思いつかない。

 ウインドは、たとえばクローズ時のルーフラインに「段差」をつけるなど、欧州車らしいヒネリもしっかり用意はしているんだけど、じゃあこの先名作としてずっと残るクルマかといえば、だからそうは思えない。

 もちろん、ディテールまでしっかりと作り込んでいるのはわかるから、この中途半端さは実に残念なんである。

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