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雑誌記事:マガジンX10月号

Magx10   地方出張しており、書き込みが遅くなりましたが、ニューモデル・マガジンXの10月号が発売になりました。

 今回は特集である東京モーターショーの関連記事ということで、自工会、日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)、自動車総連へ、今回の目玉である特別企画についての取材となっています。

 自工会は何度か取材してますがAJAJは初めてでした。ここは事項別に担当理事が決まっているそうで、たとえば今回の東京モーターショーであれば、取材をお願いした石川氏といった具合です。

 四輪と二輪の展示、COTY歴代受賞車展示、ジャーナリストによるガイドツアー、大々的な試乗会。外国勢の撤退に対する緊急措置はなかなか苦労を感じさせる内容になってますが、労働組合までが参加と聞くとコトは重大ですね。

 個人的には、もし次回外国勢が帰ってきたときどうするのか、です。自工会は今回のような内容こそ東京らしいと語っていますから、「戻ってきたから全部止める」とはしないでしょうけど。さて、どうでしょうか?

 それでは今月号もよろしくお願いいたします。

 

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新車心象風景:ダイハツ・ミラココア(本体編)

Cocoa_2   え、コンテとか出したばっかりなのに、というような話はともかくとして。僕が思ったのは、女性にとって「ミニ」と「ラパン」そして「ココア」の間には深い溝があるのか否か、ということなんである。

 理由はハッキリ分からないけど、近頃”いいモノ”に敏感なのはどうも女性の方みたいで、ここ数年はとくにそう感じる。それはべつにお得意のファッションやグルメに限らず、映画や芝居、歌舞伎から寄席まで、「コレは」というものに出掛けると20~40代くらいの女性ばっかりなんである。日本のある種の文化はこうした女性が支えている? と言ってもいいくらいだ。

 べつにクルマのマニアじゃないんだけど、ミニやフィアット500、あるいはプジョーなんかをサクッと買っちゃうのは、もしかしてそういうアンテナが効いてるんじゃないかと。思い起こせば、小学生の頃から女の子はずっと”おませ”だったけれど、いまだに男子が「男のロマン」とか「男の夢」とか言ってマニアックな狭い趣味に興じているなら、それはいまでも変わっていないのかもしれない。

 で、ミラ・ココアだ。

 好調スズキ・ラパンに対するダイハツの回答がこれらしい。正式な前身はミラ・ジーノだけど、実質的にはムーヴ・ラテと合体させた流行の箱ワゴンは、ジーノのミニ風から一転、今後はフィアット風の顔で登場し、これでルノー風のラパンと一騎打ちなんである。

 お茶目なTVのCMとは違い、カタログのイメージは「そら・空気・水」に「シンプルな生活」を前面に出した、いかにも現代女性の一面を切り取ったもの。これはそのまま”世界で一番お洒落な軽”のラパンに通じるのだろうし、価格の違いはあれ、もしかしてその延長上にミニや500がある、のか?

 いや、僕ら男性にしてみればミニとココアを一緒にするなという話だ。かたやBMWの設計にイタルデザインのエンジニアリング云々・・・の血統書付き、こなたミラベースのお手軽軽自動車なんだぞ。”いいもの”にアンテナ張ってるならそのくらい分かれよな、なんてね。

 けれども、先日郊外タイプのスタバ駐車場で、ローズピンクメタリックのボディにホワイトルーフの新しいラパンから、女性二人が颯爽と降りてくるのを見て「あ、いいナ」と思ってしまったんである。と思ったら、一部評論家からも「これは男性も買いだ!」なんてインプレッションが散見されるじゃないか。

 実際、一部男性ユーザーから指名買いもあると聞く。しかし、間違いなく女性用に練り込んで作った筈なの一体それはどういうこと? もしかしたら彼女たちがあと100万円か150万円を追加して500だのプジョー207あたりを買うのと、このラパンを買うのは基本的に同じなんじゃないか? どっちも”いいもの”なんじゃないか、と。

 それはつまりクルマ単体ということじゃなくて、クルマの使い方を含めたライフスタイルトータルでの話ではある。いや、そんなこと言ったらパッソ・ブーンだって同じじゃんってことなんだけど、そこは理屈じゃなくてね。

 で、何だかよく分からない話になって来たけど、先輩のラパンや追随するココアを”おバカクルマ”として斬って捨てるのには、どうも何かが引っかかるということなんである。

 ただし、これはあくまでベースモデルの話。それ以外のココアについては少々?な感じで、それはまた後日書きたいと思う。

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雑誌記事:今日の取材

Ishikawa3  昨日、夏休みを利用して取材に行って来ました。

 今回は企業、団体ではなく、自動車評論家の方への取材です。内容は掲載されたらお知らせしますが、こうしたかたちは珍しいですね。

 場所は東京プリンスホテル内にあるカフェです。僕は多摩地区在住ということもあってか、都心の情報はかなり疎い方で、このカフェもまったく知りませんでした。

 ここは都心ど真ん中のホテルですが、敷地が恐ろしく広大で気持ちがいいですね。しかも、カフェ専用の駐車場まであって、ちょっと都心のイメージとは違いました。こうなると都心にクルマで出掛けてもOKですもんね。

 きっと、都心にはこういう穴場が結構あるのかもしれないですね。先日の日本自動車会館もそうでしたが、都心取材は絶対地下鉄で、という認識を改めてみようかな。

 

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新車心象風景:日産・リーフ(市販予定車)

Leaf  発売は来年後半ということだけど、正式にお披露目されたので、一応。

 EV=シティコミューター≒軽自動車? なんて固定概念を覆す、5ドアコンパクトカーという発想は上手い!と思う。

 ただでさえも特殊なEV。基本的に一家に1台の条件下、家族みんながフツーに乗れないクルマなんて非現実的なんである。もちろん、高価なバッテリーをリースにして、初期投資額を低減する方法も面白いし。

 けれども、新開発のリチウムバッテリーにしてMAX160kmの航続距離・・・と、この点はやっぱり厳しいなと。だって、せっかく家族5人が乗れても温泉旅行は無理でしょ。せいぜい郊外のショッピングセンターと近所の日帰り温泉施設か。リーフは、日産のハイブリッド攻勢までの「つなぎ」という話があるにせよ、ね。

 それと、その5ドアボディのカタチもどうもなあ、と。「葉」から流動体をイメージしたヌメヌメボディはある種の未来感を醸し出しているし、空力もスゴイんですよ、というメッセージもよく伝わってくる。ただ、ちょっとモーターショーのコンセプトカーっぽくないか? 奇抜で”取り合えず感”が強いっていうか。

 もし日産が5ドアコンパクトで勝負を掛けるのであれば、僕はもっと”普通”の方向で、素晴らしくスタイリッシュなデザインにするべきだったんじゃないかと思っている。妙にEVっぽさを前面に出すのではなく、動力源が何であれ「これはカッコいい!」「欲しい!」と思わせる方向ね。たとえば、よりシャープでより質感の高いティーダみたいな。

 それが航続距離の短さを補うかもしれないし、幅広い年齢層の支持が期待できるかもしれない。タイミング的に間に合うのであれば、そのボディでハイブリッドをやってしまっていいじゃないか。せっかくの専用ボディなんだし、同時に似たようなライバル2車との差別化も図れるという意味も含めてね。

 そんなことを考えるとこのボディ、ちょっとネラい過ぎたんじゃないかな。基本的な考えはすごくいいのに、何だかもったいない。

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クルマ散策:シューマッハ復帰!!

Photo   首の筋肉など体力的な問題、今年のマシンに乗っていないこと、つまりKERSも使ったことがない、規定でテスト走行もできない。

 ・・・てなマイナス方向のニュースが飛び交っているけど、まあハッキリ言ってそんなの関係ないってことでしょう。

 何しろ、マッサの回復によっちゃあ1戦しか走らないかもしれないし、彼自身のチャンピオンシップにはまったく無関係。さらにチームのコンストラクターズポイントにしたって「もはやいまさら」な状況なんである。

 チームにしてみれば、却ってライコネンより速かったりした方が気まずいことになるわけで、だから順位なんてどうでもいい話というわけで。じゃあ、一体何だと言えば、フェラーリチームへの注目とともに、今後のチケット売り上げとTV視聴率の劇的向上に他ならないのかな、と。いや、実際観たいでしょう、世界中のファンは。

 それが証拠に、先のような憶測やらニュースが、バトンとベッテルの優勝争いという本来の最重要課題をも吹き飛ばしちゃったしね。どこぞの国の与党じゃないけど、いかにいまのドライバーが”小粒”ばっかりになっちゃったかってことなのかもしれない。

 根っからのファンにとっては「何をいまさら・・・」ってことだろうと思う。レギュラードライバーが抜けたんならリザーブドライバーを出せ、いないなら有望な新人を連れて来いと。それはまったく正論で、本来あるべき姿はそっちの方。チョット違うけど、テニスの伊達公子さんに賛否があったように。

 けど、僕はこの話OKだ。たしかに本筋じゃないんだけど、今回に限ってはマッサ復帰までの数戦という特別な状況であって、そういうことならベストじゃなくてもベターな選択と言えるんじゃないか。少なくとも一時囁かれたアロンソ参戦なんていうことよりもずっといいと思う。

 日本のファン的にはセナの「敵役」だった彼が最終的に大きな人気を得たのは、やっぱりレースに対する「こだわり」と「情熱」が圧倒的だったからだと思う。べつにいまの選手が皆ユルイってことじゃないけど、伊達さん同様、ある種の緊張感を現場に投げかけるという意味でも面白いんじゃないかな。

 ま、弟のラルフのコメントがなくても、彼が走りたくてウズウズしていたのは何となく感じられていたけれどね。

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雑誌ナナメ読み:乗れば癒される?

Legacy  テリー伊藤氏はクルマ好きで知られているけれど、業界外からの率直な意見が面白いということで、誌面での活躍も多い。

 その中で、新しいレガシィを扱っている記事がいまあるんだけど、今回はちょっと「あれ?」って感じなんである。

 話としては”見た目は悪い”けど”乗るといい”という内容。キャバクラで隣に来た娘が”即チェンジ”な容姿だったけど、色々話をしてみたら性格美人だった、と。まあ、そのこと自体が理解できないわけじゃないけど、この考え方はあまりに古過ぎるでしょう。

 ホラ、かつて「技術の日産」が凋落し始めた頃、その商品企画の酷さにこの表現がよく使われたのを覚えてないかなあ? カクカクになっちゃった3代目のオースターとか、走る棺桶と揶揄されたローレルとか。ハードはいいんだけど、デザインに代表される商品企画がまったく追いついてないという状況ね。

 ザックリ、あれからもう20年以上だもん。もはやあらゆる情報が瞬時に入手できて、評価の方法も山ほどある。そんないま現在、多くの人が「変なカタチ」と思う商品を世に出しちゃうって、やっぱりダメなんじゃないか。それは「乗ればいい」ということじゃ埋め合わせられないんじゃないのかな、もはや。

 テリー氏も書いてるとおり、いまやレガシィは北米がメインマーケットであって、そのための大型化、そのためのアイコン放棄だったと。僕もその点は仕方がないと思うけど、それと「カッコ悪くなる」ことはまったく関係ないもん。大きくなろうが、Dピラーをボディ色にしようが、要は結果的に優れたデザインか否かでしょう。

 新しいレガシィについては、評論家諸氏の意見もほとんどこの「乗るといい」「乗ると癒される」になっているんだけど、”街の自動車評論家”の異名をとるテリー氏までもそこに同調しちゃうのは寂しいなあと思ったんである。デザイナーはキャバ嬢の容姿には手が出せないけど、クルマのカタチはどうにでもできるんだから。

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