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新車心象風景:ダイハツ・タント

Tanto  日本的なクルマって何? っていう疑問を投げかけるんである。  

 そもそも軽というのが日本オリジナルだし、子供が歩いたまま通り抜けられる程高くて広い室内は、およそ「自動車」のカタチを放棄した、いかにも日本的な箱のスタイルによる。

 ああ、これはクルマのユニクロかと思う。安いし、機能的だし、手軽。こんなにいいものないじゃん。

 けれども、モデルになっている有名俳優はきっと普段は着てないんじゃないか。何で? いや、やっぱりお出掛けするときはチョットねってことで。

 タントを日本的なクルマ、日本人に向けたクルマと言うことは簡単で、半分はそのとおりだと思う。でも、じゃあこれこそが日本車のあり方かと突きつけられると、うーん、それは何だかイヤだなあ、違うんじゃないかなあと。

 レクサスやらスカイラインやら、欧米に顔を向けたクルマばっかりなのはけしからん、もっと国内に目を向けよとの評論家諸氏の意見が多いけれど、じゃあ日本人のためのクルマってどんなの、と考えてみる。それはこういうユニクロ方向ってことなの?

 GT-Rとかランエボとか、過激路線の他はその対極、つまり安楽でルーズな感じっていうおかしなことになっていないだろうか。 いや、おかしくはないのか? 安くて気楽で便利なものは悪い筈がない、のかなあ?

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コメント

>GT-Rとかランエボとか、過激路線の他はその対極、つまり安楽でルーズな感じっていうおかしなことになっていないだろうか。 いや、おかしくはないのか? 安くて気楽で便利なものは悪い筈がない、のかなあ?

話は横道にそれますが、とかくこの国は交通戦争・オイルショックのとき以来車を車らしく楽しむ=反社会的な不良とみなされ、大人たちは子供たちをなるべくクルマやバイクから遠ざけるようにしてしまいましたね。教育界でも所謂「3ない運動」が盛り上がり、私の入ったある私立高校でも入学時に免許を取得しない旨の誓約書を書かされ、入学式で生徒指導部長が「バイクに乗らない同乗しないのは勿論触らないくらいの気持ちでいなさい!」と訓示していたのに驚かされたことがあります。

そうして関心を持たずに育てられた子供は大人になって免許をとってもクルマに関心をもたなくなる。ですが一方でクルマを楽しむ若者層は不良視されるために峠族みたいに余計に先鋭化・アングラ化すると。その楽しみ方もガチガチに足を固めた車両で危険を顧みずケツを滑らせるような方向にエスカレートし、結果圧倒的多数の人々は彼らを反社会視し敬遠してしまうしスポーツカーといわれるクルマも主たる「お客さん」の彼らに迎合して余計に偏った性格に変質し(例えばスカイラインGTRのR32から33へのキャラクター変化など)保険料の高騰化や手のかかったチューンの必要性などなど一般ドライバーにとっつきにくくなって若者のクルマ離れが進んでいきます。

そして先鋭化した少数の飛ばし屋層と大多数の無関心層にドライバーが二分化されてしまい、クルマの性格付けも二極化したように思えます。悲しいですね・・・クルマ作りも無関心層向けか飛ばし屋向けに二極化し、平凡な人が何気なくクルマらしさを楽しめる新車が減るのは。

投稿: 北狐 | 2007年12月22日 (土) 02時35分

北狐さん

まったくご指摘のとおりです。自動車大国として世界中で売りまくり、ついに世界一のメーカーがある国になったのに、これほどクルマに理解のない、使いにくい国もないですね。

モータースポーツ、とりわけF1ですら根付かないのもまったくご指摘のとおりだと思います。これはレース関係者もいけないと思いますが。

投稿: すぎもとたかよし | 2007年12月22日 (土) 22時18分

私は10代では「バイクは不良の乗り物」だと思って避けていましたが、20歳で中型免許を取り、VT250Fを乗り回しました。「ショッカーの基地」近くに出没していたので野猿街道とか国道16号、20号とか鎌倉街道とか、たまには緑山スタジオの脇を抜けて横浜や鎌倉や、また八王子を越えて福生に行ってみたり、第三京浜で120キロ出してみたり。「赤切符」もらったことも。だから子どもの頃無関心だから、大人になっても無関心かというと、そうとも限らないんじゃないんじゃないの?と体を張って(笑)断言できます。さてタント。私はいいと思う。シングルマザー、ヤンママたちに愛されると思う。価格安い、税金安い、その割には広い。GTRと対極にあるのは、誰だって見りゃ分かる。実用品。保育園の送り迎えに使いましょう、って広告に書いてある(比喩ですよ)。パチンコのときに子どもを置き去りにしちゃダメよ、とも書いてほしいが。カスタムが、若いカップル向けなのも明白。意志薄弱で無能な私がもし、いま20代なら、ワーキングプアになってるのは火を見るより明らか。ゆえにタントを買って(もらって?)安い税金と好燃費に助けてもらいつつ、ドライブデートを楽しんでいるかも。もはや走り屋さんなる種族は壊滅では?ワゴンやミニバンを改造してイルミネーションやでっかいスピーカーなど積んで、速く走れるか?GTRを買う若者はシーラカンスやアンモナイト並みだ、と思います。

投稿: 優路 | 2007年12月23日 (日) 06時23分

自分は日本の技術者は良く頑張っていると思うし、日本メーカーのものづくりの理念を信じたいけど、問題はユーザーの意識や嗜好が日本のクルマ作りを歪めているもとなんですよね。
そしてその根底には本当の意味での実効的な交通安全教育を放棄して3ない運動のような事なかれ主義的な運動をする無理解な教育関係者とか(それとそういう学校教育を無批判に追認しちゃう地域社会もか)、テメーらの利権培養と天下り先確保のために実効性のない自己目的化した交通規制をする警察関係者が運転を楽しむことが後ろめたくなるような空気を醸成したり、クルマを使いにくくしていることが背景なわけで・・・結果としてではあれ巨額の税金を国庫に入れる自動車メーカーの自由なものづくりを歪めることに税金で禄を食む教師や警官が加担してるとは、いやはや。
これでは市場や社会が本質的なものづくりを歪める日本より、そうでなくて日本車を「自動車として」の本質の面から評価してくれる国外にメーカーが力を入れるのは当然でしょう。日本は内需も縮小する一方だし。カローラも国内向けと国外向けでぜんぜん力の入れ方が違いますよね。個人的には国内で買うにしたって、国内専売車種より世界で認められるべく「一球入魂」の気持ちで作られたグローバルカーのほうがお金を払うに値すると思います。(ヴィッツとかフィットとか)
ところでGT-Rといえば、2ヶ月前のガイアの夜明けでゴーン氏がRの宣伝戦略を決める会議で「12歳の子供にも憧れられるような宣伝をしたい」と語っていましたが、日本ではそんな子供たちも高校に上がると運転への興味や欲求を大人たちから抑えつけられると知ったらどう思うのでしょうね。彼に限らず例えば日産の場合ルノーあたりから出向してきた役員とかが日本の学校の交通教育の実態を知ったら唖然とするでしょうな。

投稿: 北狐 | 2007年12月23日 (日) 21時33分

最近嘆かわしいことの一つに、公共空間とプライベート空間の区別ができない人が多いことです。電車の中で化粧したり食べたりすることもそうなのですが、クルマを自分の部屋だと思っている人が多いような気がします。ワゴン車のガラスを黒くするのが流行りだした頃からだと思いますが、クルマはおしゃべりに夢中になる部屋だったり、大きな音で音楽を聴く部屋だったりして個室だから何をやっても良いという風潮。ガラスが黒いからクルマ越しの視界が失われるばかりか、運転手の表情も見えなくなり、どちらに曲がるのかの合図もできない。
ダイハツタント、よくできたクルマだと思います。でも、何故か僕には個室イメージが付きまといます。ジャージ姿で運転するシーンが目に浮かんでしまうのです。
新型は少しオシャレになった気もしますけど。
これ間違った見方でしょうか?

投稿: DueLancia | 2007年12月24日 (月) 17時34分

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